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第70話
鐘崎のそんな気遣いは無論のこと、その後彼に抱かれたことも含めて、何だか二人だけの秘め事のように感じられるのが、紫月にとっては何よりうれしく思えていた。彼の言った一言一言、気遣ってくれた仕草のすべて、そして甘く淫らな欲情の時の表情。そんなことを思い起こして火照る気持ちを抑えながら、あえて平静を装って紫月は言った。
「まあ、俺も結構な勢いでボコられてたから……あいつが来た時には正直、記憶飛んじゃっててさ……よく覚えてねーっつーか」
「マジッ!? ってことはやっぱ遼二が一人で氷川たちをのめしたってことになるわけ!?」
「……さあ、そうなのかも……。誰かがお巡りがどうとかって騒いでたのは何となく覚えてるけど、それ以降はさっぱりでさ……」
「マジかよー!」
まるでその現場に居合わせたかったともでも言いたげに、京が大袈裟なゼスチャーで頭を抱えているのに、またしても紫月は苦笑させられてしまった。その傍では剛がやり取りを聞いて、思い出したように首を傾げていた。
「そういやその『お巡り』だけどよ、確かにあの後警察が来たらしいんだが……」
「それがどうかしたのか?」
大騒ぎしていたのなら当然だろうとばかりに京が怪訝そうに剛を見やる。
「いや、それがどうも話がヘンなんだ。桃稜の連中でその場に残ってた奴らは一応しょっ引かれたらしいんだけどよ。肝心の氷川の名前は上がってねえらしいぜ?」
紫月も京もどういうことだと眉をひそめる。
「当然学園にもバレて、捕まった奴らは停学になるかならねえかってくらいの騒ぎになったらしいが、氷川に関しては名前も上がってねえらしい。不良連中の揉め事に『頭』と言われてる氷川が関わってねえ方がおかしいってくらいなのによ」
また、それと合わせて彼らが誰と争っていたか――つまりは紫月のことだが――どうやらその情報も含めて今回の件に関してはお触り禁止のような風潮になっているらしかった。歳の離れた従兄が警察官であり、駅前の派出所に勤めているという剛が気になって経緯を聞いたところ、まるで上層部がもみ消したような形で、ともすれば抗争自体が無かったことのように処理されてしまったらしいというのだ。紫月にとってみれば正直有難いことでもあったが、確かに不可思議なことには違いなかった。
「ならアレじゃね? 氷川が親父の力を使って、もみ消したとか? あいつん家って貿易会社とかやってていろいろ顔広そうだしよー!」
京がぶっきらぼうに言い放ったのを横目にしながら、紫月も剛も不思議そうに首を傾げる。
「ぜってーそうに違いねえよ。氷川の野郎がやらかしそうな汚ねえ手だぜ! つーか、親父の方も息子の不祥事を隠す為に警察にまで圧力掛けたとかなら、親バカ丸出しってところだな」
「――確かにな。バカな息子を持つと、どこの親も苦労するのは一緒だ……」
ふと、憎まれ口を叩いていた京の後方から意外な相槌が返ってきて、皆が一斉にそちらを振り返ると、そこには紫月の父親が道着のままで立っていた。
「親父……! なんだよ急に! びっくりするじゃんか」
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