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第71話

 ギョッとしたように紫月が口ごもったのを軽く無視しながら、父親は剛らに向かって軽く会釈をした。そして見舞いに来てくれた礼を述べると、紫月を助けてくれたという転入生の鐘崎の姿がないことに少し残念そうに溜息をついてみせた。 「今日はあの鐘崎君という子は一緒じゃないのか? やはり一度彼の家を訪ねてきちんと御礼を申し上げるべきかね」  そう言いながら、まるで郷愁を思わせるような視線を遠くの空に向けた父親の姿を、紫月は不思議そうに見上げていた。 ◇    ◇    ◇  その後、土日を挟んで身体の調子も大分快復した紫月は、週明けから登校することにした。その間も鐘崎からの連絡は無く、それだけが気掛かりではあったものの、よくよく考えればまだ携帯番号さえ交換してもいないことを思えば、確かに連絡の取り用がないといえばそうだと納得できる。ただ、もしかしたら見舞いに顔を出してくれるかも知れないという淡い期待もあった為、やはりすっきりとは気が晴れない感は否めなかった。  だがそれも登校して顔を合わせれば済むことだ。彼がもしも先日のことを後悔しているとするならば、会うのが怖いとも思う反面、会って反応を確かめたいと思う気持ちも正直なところで、とにかく紫月は意を決したように鞄を持つと、朝陽の眩しく反射している玄関の扉を開けた。  驚かされたのはその直後だ。  純和風の瓦造りの門をくぐり、引き戸を閉めて一歩を踏み出そうとした瞬間に、思わず硬直してしまうくらいの衝撃が紫月を襲った。何故なら、そこには門塀に背をもたれながらこちらを見て軽く微笑んでいる鐘崎の姿があったからだ。  思いもよらなかった出迎えに、紫月は驚きを通り越して、まるで小さな子供のように瞳をぱちくりとさせながら立ちすくんでしまった。 「今日あたりから出てくる頃だろうと思ってよ」  もたれていた背を起こしながらそう言った鐘崎を凝視したまま、未だ返答のひとつもできずに硬直していた。そんな様を変に思ったのか、あるいはポカンとしたまま立ち尽くしている姿が可笑しく思えたわけか、鐘崎は少しはにかんだように笑ってみせた。 「なんだ、ぼーっとして。俺が迎えに来たのがそんなに驚くことか?」 「あ……いや、そんなんじゃねえよ……! ちょっと意外だったから……」  ともすればすぐにも紅潮しそうな頬の熱を隠さんとばかりに、紫月はアタフタと早口でそう返すのが精一杯だ。そんな様子がまた可笑しかったのか、鐘崎はより一層瞳を細めると、まるでエスコートをするかのように傍へと歩み寄っては、 「具合はどうだ?」  少し薄くなった青痣を気に掛けるように手を伸ばしながらそう言った。

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