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第72話

 その声はひどく穏やかで、そして紫月にとっては低くて色気の混じったふうにも聞こえてしまうようなローボイスでもあって、たったそれだけで心拍数が上がりそうだった。何よりも迎えに来てくれたという事実からしてうれしいことこの上なく、鐘崎に守られるようにして肩を並べて歩く現状も夢か真かと疑うくらいだった。 「あのさ、こないだはホント世話ンなって……いろいろその、済まなかったな」  ようやくの思いで述べた礼の言葉だが、視線を泳がせながらそう言うのが精一杯で、そんな様子にもうれしそうに鐘崎は笑った。 「気にするな。お前の怪我が良くなったならそれでいい」 「あ、うん……だいぶ調子はいいよ。お陰様っつーか、お前んとこのお医者先生がくれた漢方薬が効いたみてえでさ」 「そりゃよかった。ああ、医者からその漢方薬の追加分も預かってきてるぜ。そろそろ切れる頃だろうってさ」 「マジ? なんか……何から何まで申し訳ねえな……」  たわいもないそんな会話で繋ぎながら朝の通学路を歩いた。住宅街の路地とはいえ、通勤通学の時間帯だ。前後から飛ばしてくるような自転車やスクーターなどから庇うかのように気遣ってくれる鐘崎の傍らで、紫月はドキドキと鎮まらない心拍数と闘いながらも、同時に幸せを噛み締めていた。 「なーんかさ、俺、シンデレラっつーか……お姫様みてえ」  クスッと照れ笑いを漏らしながら、わざとおどけるようにそんなことを言った紫月を振り返りながら、鐘崎は首を傾げた。 「だってそーじゃん? お前にいろいろ気ィ遣ってもらってさ。わざわざ迎えにまで来てもらってー、それにさっきから自転車とかから庇ってもらっちゃってるし?」  うれしいけれど照れるじゃねえかと言わんばかりの紫月の様子に、鐘崎はまたしても思わず頬が染まるような意外過ぎる返答を平然と言ってのけた。 「当たり前だ。あんなことがあったばかりなんだ。桃稜の連中がまた悪巧みしてこねえとも限らねえし、惚れた奴のことはてめえの手で守らねえとな」 「……っ! 惚れた……ヤツって……?」 「お前のことだよ」 「……えっ!?」  あまりの率直さに紫月は舌を噛みそうになった。 「あの……それって、ええっと……」  まさにしどろもどろで言葉にならない。相反して頬だけはきっと真っ赤に染まっているんだろうなと自覚できるくらいに熱くなっていた。 「惚れてるから抱いた。お前は……お前も俺のこと……」 「……えッ!? え、あ……うん、もち……うん」  好きだよというそのひと言は、鐘崎のように堂々とそう簡単には出てくる言葉ではない。だが、モジモジと恥ずかしそうにうつむく様で心の内は伝わったのだろう、鐘崎は爽やかに微笑むと、またひとたび前方からやってきたスクーターから庇うように紫月の身体を引き寄せる。二人はそうしてくっ付いたり離れたりしながら学園までの通学路を歩いたのだった。 ◇    ◇    ◇

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