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第75話 謎の下級生

 それから表立っては何事もなく一週間余りが過ぎた。世間ではゴールデンウィークも終わり、初夏を思わせる日差しが新緑をより鮮やかに彩る心地よい季節だ。紫月に対する鐘崎の送り迎えは既に恒例となり、今では彼らが共に登下校するのが当たり前の光景になってもいた。気に掛けていた桃稜学園の不良連中らの動きもぱったりと止んだまま、誰もが新学期の乱闘騒動自体を忘れ掛けていたその頃だった。  それは或る日の昼休みのことだ。午前中の授業の終わりを告げる鐘の音を待ちわびたようにして、剛と京が教室の最後列に席を並べている鐘崎と紫月の元へと駆け寄って来た。 「よー! やっとこ昼飯だぜ!」 「あ、俺、購買寄ってくから。おめえら欲しいモンあったらついでに買ってきてやるぜ?」  剛は持参の弁当袋を片手に準備万端で、京の方も握り飯を抱えてはいるが、それだけでは足りないらしく、購買で菓子パンを追加するらしい。彼の食欲旺盛っぷりは仲間内でも知れた日常の光景だ。人の良い剛が、それなら自分も何か飲み物を買うからと言って、購買まで付き合うことを告げたその時だった。  やけに室内が静かになったような気がしてふと視線をやれば、教室の入り口からこちらを観察するように窺っている一人の男の存在に気付いて、一同は不思議そうに互いを見やった。 「あいつ……確か二年の徳永とかいう奴じゃね?」 「だな。なーんか俺らのこと見てっけど、気のせいじゃねえよな?」  剛と京が口々にそう言いながら、再び入り口を見やる。確かにこちらを凝視したまま動かないその男の顔には見覚えがあり、今しがた剛が指摘した通りに、同じ四天に通う一学年下の生徒のようだった。  だがいくら下級生といったところで、格別には誰とも親しい間柄というわけではなく、部活動などにも縁のない彼らにしてみれば、直接の後輩というわけでもない。では何故皆が揃ってこの『徳永』という男の顔と、しかも名前まで知っていたのかというと、彼が紫月の後を継ぐだろう次期番格と噂されていたからである。  そんな男が一学年上の自分たちの教室に何の用があるというわけだろう。如何に不良だの番格同士だのといっても、学年が違えば大した交流があるわけでもないし、互いに何となく存在を意識する程度というものだ。見たところ、特には連れを従えているわけでもなさそうで、たった一人でじっと教室内を見据えているのだ。  彼の存在に気付くや、昼休み到来でザワついていた室内が一瞬にして奇妙な静寂に包まれたから、それだけ人を注目させる雰囲気を纏っているということだろう。格別には生意気といった態度は感じさせないものの、紫月らと同じくらいある長身の上、意志の強そうな瞳とそれを引き立てている端正な顔立ちのせいで、酷く目立って仕方ない。次期番格といわれるだけあって、それなりの風格は持ち合わせているようだ。

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