76 / 296

第76話

 そんな彼を目の前に、自称不良を地で行くクラスの連中にとっては、後輩に対する威厳を示したい半面、その雰囲気に押され気味でバツの悪い感がもろ見えなのも確かだった。そんな彼らが助けを求めるかのように、教室の一等端にいた紫月らのグループをチラチラと振り返り始めたその時だ。二年生の彼が誰に断るでもなく、ツカツカと室内へ歩を踏み入れたのだ。と同時に、まるで彼の為に道を開けさせられるような形で、誰ともなしに後ずさる。酷く奇妙な光景だった。 「あー、えーと、おい。お前、二年だよな? 何か用あんのか?」  あまりにも堂々たる後輩に威圧されてばかりでは情けないと思ったのだろう、クラス内にいた連中の中の一人が勇気を出してそう声を掛けた。すると、一応先輩に呼びとめられては無視をするわけにもいかないわけか、下級生の彼はその言葉にほんの一瞬足をとめた。 「はい、一之宮さんにちょっと……」 「紫月に……?」 「はい、突然すみません」  そう言って一応は丁寧に会釈だけをくれると、ポーカーフェイスを崩さないままで、真っ直ぐに目的の人物の方へと歩を進めた。そして紫月の机の正面まで来て立ち止まると、取り巻いていた剛と京にも軽い会釈をした後、当の目的らしい紫月を見つめると同時にチラリと隣の席の鐘崎を一瞥した。 「昼時にすみません。俺、二年の徳永竜胆《とくなが りんどう》っていいます。一之宮さん、ちょっとお時間いただけないでしょうか?」  より一層丁寧に頭を下げてそう言った後輩に、剛も京も、そしてクラス中の全員が驚いたような面持ちで、興味ありげに成り行きを見守る。当の紫月はといえば、格別には何の返答もしないままに視線だけで彼を窺っている。唯一人、隣の席にいた鐘崎の眉間に僅かな皺が浮かんだのを見て取ったのか、徳永というらしい下級生は初めてその表情に薄い笑みを浮かべてみせた。 「別に何もしませんよ。ちょっと一之宮さんに訊きたいことがあるだけです」  言い訳か弁明でもするかのように、紫月にではなく隣の鐘崎に向かってそう言った。これではまるでこの鐘崎が保護者か、そうでなければ紫月にとって余程特別な存在のように映ってしまう。ほんの一瞬立ち込めたそんな気まずさが堪らなかったのか、すかさずに紫月は返事を挟んでみせた。 「俺に話って?」  聞いてやるから手短に言えとばかりにそう言った。だが、 「ここじゃちょっと……。できれば場所を移して二人きりで話をさせてもらえないでしょうか」  他人には聞かれたくない話というわけか。ますます眉間の皺を深くした鐘崎の様子に気付いてか、徳永はまたニヤリと不敵な苦笑を浮かべてみせた。 「心配なら皆さんもご一緒で構いませんよ。ただ……話の内容だけは聞かれたくないんで、姿が見えるくらいの位置で一之宮さんとだけ話させてもらえたら嬉しいです」  そこだけは譲れないらしい。まあ同じ四天の学生同士だし、相手はたった一人だ。敵対する桃稜の輩というわけでもないので、過剰な勘繰りは必要ないだろうか。そんな表情を浮かべた鐘崎に、徳永は真摯ともいえるふうな態度で頭を下げてみせた。 ◇    ◇    ◇

ともだちにシェアしよう!