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第79話

「前に一度、見たことあるんス。あんたがウチの店に来てたのを……」 「は――?」 「俺ン家、ゲイバーやってんです」  想像もしなかった意外な言葉に、紫月は硬直させられてしまった。 ――世の中は狭い。  つい過日まで自分の通っていたゲイバーが、まさか同じ高校の後輩の家で経営している店だったなどと、突如そんなことを聞かされても反応の仕様が思い付かない。バツの悪さはさることながら、目の前で難しい表情をしているこの後輩にも上手い釈明など思い浮かぶはずもない。まあ、すべて知られているというのなら、ヘタな釈明は逆に不利というものか。  ここは開き直るしかないだろうか、紫月は不本意な苦笑いを漏らすと、 「は、そうだったの。あの店が……お前んちのね? 参ったね、こりゃ」  ワサワサと髪を掻きあげながらそう言った。そんな様子に徳永の方は一層怪訝そうに目を吊り上げる。 「……あっさり認めちゃうんスか?」 「認めちゃうったって、バレてんなら他にどーしようもねえべ?」  あっけらかんとそう言われて、肩透かしを食らった気分にさせられたのか、少々苛立ち気味で徳永は紫月に食って掛かった。 「や、そうじゃなくてさ。人違いだろとか、そんな店行ったことも見たこともねえとか、言い訳ならいろいろあるじゃないスか……」  理解できないといったふうにますます険しくなった表情には、若干の嫌悪感も混じっているように感じられる。特に反論もせずに、のらりくらりとこの話題から遠ざかりたいふうにしている紫月の様子が勘に障ったのか、徳永は不機嫌極まりないといった調子で、大袈裟なくらいのため息をついて見せた。 「開き直るってわけスか? それとも潔いってのか……」  正直、呆れてモノも言えねえわ――  そう言いたげなのがありありと伝わってくる。  存外、マイペースなところのある紫月は、面倒臭いこの時間が早く終わってくれねえかなとでも言いたげで、いわば深い話をしたげな徳永とは裏腹だ。早急に、できれば穏便に話を済ませてしまいたいらしい。  向かい合った互いの表情からしてそんな腹の内が分かるのか、徳永の方はおいそれ逃がすものかといったふうなオーラをモロ出しだ。紫月は半ば彼の機嫌を取るようなおだて調子で、 「んな、あからさまに嫌なツラすんなよ。ま、もうあの店には行かねえし……未成年の客を入店させて遊ばせてたなんて、お前んちに迷惑掛けるようなこともねえだろうからさ」  だから安心しろよといわんばかりの態度に、徳永は更に不快感をあらわにした。

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