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第81話

「親父が今のようになったのは俺が生まれて間もなくらしいんですが、そのせいでお袋とも離婚しました。俺はまだ赤ん坊だったから覚えてねえけど、当時のお袋は『男』そのものに嫌気がさしたらしく、男児ってだけで俺を可愛がる自信を失くしたそうです。で、俺は親父に引き取られたんですが、その後、親父は好きな男と知り合って……今のゲイバーの経営者ですけど、あの店はそのおっさんと共同経営してるんです。二人にとっちゃ、事実上結婚してるみたいな感覚らしいですけど」  突如聞かされた何とも相槌の打ち難い話だが、徳永の真剣そのものの表情からは、彼が冗談や酔狂でこんなことを言っているとは思えなかった。紫月は格別の返答もできずにいたが、かといって彼の話を茶化すとか遮るとかは一切せずにいた。それに安堵したのか、あるいは嬉しかったのか、徳永は少し申し訳なさそうな顔をすると、 「すいません、突然こんな話して」  バツの悪そうに、というよりも自嘲気味にそう謝った。今しがたまでの反発的な態度が嘘のようだ。  紫月にしても、大して交流もない一後輩に突然こんなことを打ち明けられる理由はないが、本来言わなくてもいいようなことをこうしてわざわざ話すというには何か事情があるのではないか、そんなふうに思えてならなかった。 「いや、別に構わねえし――」  紫月の真剣な表情が信頼感を与えたのか、徳永はまた少し、今度は寂しそうにボソリボソリと先を続けた。 「そのせいでガキの頃はよく苛められました。オトコオンナの父ちゃんがいるとか、気持ち悪りィとか、知らねえ近所のガキ連中にまで物投げられたり……公園で遊んでりゃ、いきなりド突かれたりね。結構な目に遭ったもんです。今でこそ苛めるヤツもいなくなったが……俺がそんな辛い目に遭ってるってのに親父ときたら、何も悪いことしてるわけじゃない、堂々としていればいいんだなんて抜かしやがってね」  苦めの薄笑いは彼がどんな思いで幼少期を過ごしたのかが訊かずとも理解できた。だがそれに対して、ではどういう言葉を掛けてやればいいのか思い付かずに、紫月にできることはただただ黙って彼の話に耳を傾けるのが精一杯であった。そんな紫月を気遣うように、 「今は何とも思ってません。本心じゃ親父たちのことも応援してるし。ただ……」 ――ただ? 「ただ、その……わざわざ自分から他人に突っ込まれるような隙を作る必要もねえんじゃねえかって、そう思うのも事実なんです。親父たちのことにしてもそうだし、あんたとあの鐘崎って人が好き合って付き合ってんなら陰ながら応援したい、この先もずっと……ずっと上手くいってくれればいいって、マジで心底……そう思ってます。俺は別に偏見とかねえし、どっちかってったら羨ましいとかも思うし」 「――?」

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