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第82話

「だからこそです。あんたらは真剣に付き合ってても、周囲の全員がそれを応援してくれるとは限らない。むしろ逆でしょ? ホモだなんだって興味本位に騒いでチャチャ入れてくるのがセキの山だ。そういうの嫌なんス。真面目な想いを茶化されるとか、腹が立つんだ……。だからそんな連中にわざわざこっちから隙を与えてやるようなことはしねえ方がいいんじゃねえかって、そう思っただけです」  言いたいことはこれで総てだというように、そこまで話して徳永はいきなり深々と頭を下げた。 「すいません。散々、失礼なこと言いました。時間割いてもらって申し訳ないス」  腰を九十度か、それ以上に折り曲げん勢いでそう謝られても、紫月は未だもって彼に掛ける適宜な言葉も見つけられずに、ただ呆然とたたずむしかできずにいる。それでも一切、悪気があるとか小馬鹿にしているとかの態度ではないのが伝わったのだろうか、徳永はまたひとたびの軽い会釈の後、今度は遠目からこちらを窺っている鐘崎や剛、京らに対しても深々と頭を下げてみせた。 「それじゃ、失礼します」 「あ……おい、お前――! 徳永……!」  離れていく学ランの背に、ついそう声を掛けてしまった。一瞬、迷いながらも振り返った彼の表情は何だか少し寂しげで、何でもいいから言葉を掛けてやりたい衝動がこみ上げる。だからといって何を話せばいいかも分からずに、しばし焦れったい視線だけを持て余す。  ああ、もう、クソったれ! こんな時に何をどう言やいいってんだ!  そんな感情のままに紫月は持っていた未開封の菓子パンを差し出して、 「これ、食っとけ……!」  上手く出てこない言葉に代えてそう言った。  本当はもっと、今聞いた話に対しての自分の意見などを伝えたい。例えば単に『そうだったのか』でもいいし、『お前の言いたいことは分かった、これからは気を付けるぜ』でもいい。はたまた『お前って俺らより年下のくせに案外しっかりしてんのな?』でもいいだろう。何でもいいから相槌を打ちたいのに思うように表せない。そんな紫月の気持ちが伝わったのか、徳永は口元に穏やかな笑みを浮かべると、 「ありがとうございます。メシ食ってなかったんで助かります」  少々元気な声と共に菓子パンに手を伸ばし、素直にそれを受け取った。 「これ、中身は何スか? 焼きそばパン? だったら嬉しいかなぁ」 「あ? いや、焼きそばは食っちまった……。そっちはコロッケだし」 「あ、マジ、コロッケだ。コロッケも好きっすよ、俺」  一瞬、互いをとらえた視線同士が親しげにぶつかり合う。 「そんじゃ、次は焼きそば奢ってくださいね」 「は?」 「なんて、冗談スよ! 有難くいただきます」 「お、おう……」  歩き出し、すぐに袋を破いてひとくちパンをかじりながら去っていく後姿がわずかに楽しげに思えた。紫月は瞳を細めながら、その背が屋上の重い扉の中へと消えるまで見送っていた。 ◇    ◇    ◇

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