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第83話

「で……? あいつ、何だって?」  徳永が去った後で鐘崎が訊くよりも先に剛や京がそう訊いたが、大した用事じゃなかったと言って、紫月は言葉を濁した。 「ん、こないだの……新学期恒例の桃稜の連中との番格勝負のことが気になったみてえでさ」 「ああ? ンなことでわざわざ紫月を呼び出したってのか?」 「ヤツも二年の頭とかって言われてるらしいから、知っときたかったんじゃねえか?」 「はあ、そんなもんかね? ま、揉め事とかヘンな方向の話じゃなかったんなら別にいいけどよ」  釈然としないながらも、それ以上突っ込んで訊いてくるでもない剛と京に、紫月は「まあな」と言って笑ってみせた。だが、突然訪ねて来た下級生と二人きりでどんな話をしたのかということを一番気に掛けているのは鐘崎だろうということも忘れてはいなかった。  当の鐘崎は特には何も訊いて来ないが、秘密事を作りたくはない。という以前に、徳永が指摘してきたのは鐘崎と自分の恋仲についてのことなわけだから、話しておかない理由もない。  昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。 「あー、もう終わりかよ。かったりぃーなぁ」  午後の授業が面倒臭いという態度で腰を上げ、連なって教室へと向かう中、剛と京より少し遅れて距離を取り、紫月はコソリと鐘崎に耳打ちをした。 「な、今日さ、お前んち寄ってもいい? ちょっと話しておきてえことがあって」 「ん? ああ、もちろんいいぜ」  即答した彼を見やると、何とも穏やかそうな視線がこちらを見つめていて、格好悪くも頬が染まるのをとめられずに紫月は焦った。 ――自重してくださいよ?  つい先程の徳永の言葉が脳裏によみがえり、苦笑せざるを得ない。ある意味、確かに的を得ている彼の忠告は微笑ましくもあり有難くもあるのだが、実際、理想通りに立ち回れれば苦労はしない。 「――は、自重ね。ンなこと言われたってなぁ……」  先が思いやられるも、ほのめく心は止め処なく、何ともこそばゆい心持ちがする初夏の午後だった。

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