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第84話 鐘崎の秘密
その日の放課後、紫月はいつもと変わらず鐘崎と共に下校することが何となく後ろめたいような心持ちでいた。途中までは剛や京も一緒だから、気にし過ぎるのはかえっておかしいだろうと思いつつも、昼休みに徳永という下級生から言われたことがモヤモヤと頭の隅から離れない。
駅前の商店街に差し掛かったところで、ファーストフード店で腹ごしらえをしていくという剛と京の二人と別れると、そんな思いははますます強くなっていった。
いつもよりも一歩、いや、もう一歩と、鐘崎よりも遅れ気味で会話も歩も進まない。
トボトボと後を付いてくるような紫月の様子が気に掛かったのか、鐘崎はふと足をとめて後ろを振り返った。
「どうした?」
「……え?」
「今日はやけにおとなしいなと思ってよ。何か気に掛かることでもあるのか?」
具合でも悪いというのなら、その顔色を見ればすぐにも分かる。だから敢えて『気に掛かることでもあるのか』という訊き方をしたのだ。
元来、人の好いというか、何事もマイペースでお気楽に行きたい性質の紫月には、自分の感情を隠すとか、腹で思っていることを抑えて平静を装うような駆け引きめいた事は苦手な性分である。特に、気を許せる間柄の相手に対しては尚更のことだ。
「んー、まあな。実はさ、さっき俺ンとこに来た下級生の野郎がさ……」
気の急くままに苦笑いを浮かべると、紫月は遅れた距離を取り戻すように小走りで駆け寄って、自分を振り返っている男と肩を並べた。
本当はこの鐘崎の家に着いてからゆっくりと切り出すつもりだったが、結局はそれまで待てずに、先程の屋上での経緯を話す。徳永という下級生の親の事情だけは伏せたものの、後は粗方あったことをそのままに伝え、一通り話し終える頃にはすっかりと気分も軽い。ゲンキンなものだと思いつつも、紫月は僅かに懐っこいような微苦笑を浮かべてみせた。
「まあ、何ちゅーか……さっきの今だから」
徳永に注意を促されたのがつい先刻の昼休みで、その直後にこうして肩を並べて歩くのが憚られる――――と、まあそんなところなのだろう。
「なるほどな。まあ、そいつの言い分も分からなくもねえがな。けど俺ら男子校なんだし、別段、一緒に登下校するくらいおかしなことでもねえと思うけどな」
そう言いながら、鐘崎はもうひと言を付け加えた。
「そんな心配をしてくるってことは、案外そいつも想い人がいるのかも知れねえな」
「え?」
「ついでに言うと、その相手が『野郎』なのかも」
「……!? え、ってことは……」
思いもよらなかった鋭い突っ込みに驚きつつも、だがしかし言われてみれば思い当る節が無きにしもあらずで、紫月はもともと大きな瞳をグリグリと見開きながら首を傾げたりと忙しい。そんな様子はまるで仔犬が見せるたまらない可愛さのようにも思えて、鐘崎は思わず口元が緩んでしまうのを感じていた。
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