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第85話
「お前の気持ちも分かるが、かといってわざと別々に帰るのも逆に白々しいだろうしな? まあ、あまり気にするなよ」
「ああ、うん。そうだな。何てーかさ、俺もちっと不思議なこと言うなーとは思ったんだ。んだってアイツさ、俺とお前の仲が羨ましいとか……チラッとそんなことも言ってたからよ。もしかしてヤツが本当に言いたかったことってのは、てめえの恋愛相談だったりして」
自分自身がそうだったから、思い当る節は大いにある。異性に興味が持てないことをまだ誰にも打ち明けられなかった頃は、一人で悩み、不安だったのは確かだ。あの下級生もそうだとしたら、身近な上級生である自身を頼って来るのも充分頷ける話だ。
「……あいつ、誰か好きな男でもいんのかな」
「案外そうかもな?」
ふっと穏やかな笑みと共にそう言った鐘崎の顔を見て、急激に頬が染まる思いがした。
そうなのだ。この鐘崎の、時折見せるこんな表情がとてつもなく大人に感じられることがある。同い年なのに、本当は随分と年上のように思える時もある。落ち着きがあって、傍にいるだけで気持ちが安らぐというか、とにかく信頼がおける。初めて会った瞬間から、何ともいえない安堵感を覚える印象をこの男から感じていたのは確かだった。
そうこうする内に、気付けば既に鐘崎のマンションに着いてしまっていた。だが、既に用件は済んでしまっている。
部屋に寄る口実が無くなってしまったことが気掛かりなのか、マンションの入り口で突っ立ったまま動こうとしない紫月の様子に気が付いて、鐘崎はまたしても破顔してしまった。
「寄ってけよ」
「え――?」
「別に用事が有ろうが無かろうが構わねえだろ?」
まるで腹の中を読まれてしまったようで、バツが悪い。
「うん……そんじゃ、ちょっとだけ」
照れ笑いまじりに、それでも嬉しそうに懐っこい調子で駆け寄って来る仕草に、またひとたび、鐘崎は瞳を細くするのだった。
「実は俺もお前に用事があるっていうか、ちょっと見せたいものもあるんだ」
「見せたいもの?」
「ああ」
紫月は鐘崎に連れられて、マンションの入り口をくぐった。
◇ ◇ ◇
部屋に上がると間もなく、その見せたいものの正体が分かった。
鐘崎の部屋に来るのは、先日彼に助けられて以来だが、相変わらずにだだっ広いという印象に改めて驚かされる。あの時は怪我もしていたし、意識も朦朧としていたので、はっきりとは覚えていないが、まるで格調高いホテルの一室のような造りだ。整い過ぎている感があるくらいに、生活感がまるで感じられない。そんな様子からは、掃除などのハウスキーピングは専任の誰かがいるのだろうかなどと思ってしまう。
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