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第86話

 ふと、いつも彼の豪華な中華弁当を作っている同居人のことが気に掛かって、辺りを探してしまった。 「なぁ、お前と一緒に住んでる人は? この前、俺を車で送ってくれた……」  もしかしたらその彼が鐘崎の身の回りの世話をすべて行っているのかも知れないと思ったのだ。 「いるぜ。でも別の部屋だ。このマンション自体が親父の持ち物なんでな」 「え、マジ? やっぱお前んちってすげえ金持ちなのな」  心底感心しているふうなその表情に微笑しながら、「来いよ、こっちだ」鐘崎はそう言って、いとも当たり前のように手を繋いだ。 「え、あの……」  しどろもどろなのは紫月だ。突如、手を取られて頬が染まるのを隠せない。いつもこの鐘崎の大胆さには驚かされるといった調子で、ガラにもなくモジモジとうつむいたりしている自分自身も信じられなかった。  そんな戸惑いも瞬時に吹き飛んだのは、鐘崎に導かれて部屋のクローゼットらしき小部屋の中へ案内された時だ。 「――!? な、何……これ?」  あまりに驚いて、紫月は小さな子供のように瞳をパチパチとさせてしまった。  そこにはクローゼット本来の設えではなく、地下室へと続くようなコンクリートの世界が広がっていたからだ。  深さにして三階程はあるだろうと思える長い階段を下ると、その先に広めの地下通路のような道が現れた。部屋の中にこんな場所があるだなんて、まるでアニメか映画の世界観だ。戸惑う暇もなく、繋がれた手を引かれるままに先に進めば、驚きは極限に達した。  通路の先にはがっしりとした石造りの大きな扉が見えて、入口にはオートロック式のマンションにあるような認証装置のようなものがある。鐘崎はそこに手を翳すと同時に、「俺だ。今帰った」とだけ、短く告げた。  中に誰かいるのだろうか。それは彼の中華弁当を作っている例の同居人なのだろうか――ドアが開くとそんな勘繰りもいっぺんに吹き飛んだ。 「おわっ……何……ここ……!」  先ずは何をおいても、おいそれとは言葉にならない程の広大な広間に驚かされた。大の大人が数人で輪になって両手を繋ぎ合って、ようやくと囲える程の太い柱が何本もあり、吹き抜けのような高い天井からぶら下がっている細やかな装飾の照明器具に目を見張らされる。床は総大理石のような感じだろうか、磨き抜かれており、その上には毛足の密な絨毯が道を作るように敷かれている。ロビーの端には天井から滝が流れ落ちるオブジェが配置されており、所々に置かれた腰掛けやテーブルには芸術品のような細かい彫りが施されている。その側に置かれているインテリアの室内樹木も作り物ではなく本物の竹なのだろうか、そのどれをとってみてもオリエンタルな雰囲気に包まれて、ひと言でいうならば、まるで映画に出てくる皇帝の館のようだった。

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