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第92話

 陽が伸びて来た時期とはいえ、外はとうに日が暮れて、すっかり夜の闇に包まれていた。  地下室のこの部屋では、時間の流れが分かりづらい。激しく求め合った後、散々に乱された寝具の上で、二人肩を並べていた。  もう少しで放心する寸前というくらいに愛されまくった紫月は、しばらくは動けない程にぐったりとしたふうで、四肢を投げ出したままだ。  ぼうっと天井を見つめる瞳はトロンと潤み、未だ熱は冷めやらぬのか、色香を濃くたたえている。 「ちょっと乱暴にし過ぎちまったな? 大丈夫か……?」  利き手を腕枕にして、頭ごと抱えるように髪を撫でながら、鐘崎がそう問う。 「んなの、全然。平気だってば」  あえて『嬉しかった』とは言葉にしないが、内心では嬉しくて幸せでたまらない。そんな思いのままに紫月はクスッと笑み、心地よいだるさが残る身体をゆっくり鐘崎へと向けた。 「そういえば、さっきさ……すげえこと言ってたよな?」  ふと、思い出したように紫月は言った。 「すげえこと?」 「ん、何だっけ……神界とか……魔界がどうとか言ってなかったっけ、お前」  そうだ。多分――二人で一緒にいられるならば、場所や形などどうだっていい。川崎だろうが香港だろうが、嫁だろうが婿だろうが、全くもって些細なことだ――と、そんな意味合いだったように思う。鐘崎がそれ程までに熱い想いを自分に向けてくれるのが嬉しくて聞き流してしまったのだが、その時に確か『神界でも魔界でも――』とか何とか言っていたのが、少し不思議な感覚として妙に耳に残っていたのだ。  おおよそこの鐘崎からそんなファンタジーめいた言葉が飛び出すなどとは、想像も付かなかったので尚更だった。 「なんかお前が神とか悪魔とか言うなんてさ、ちょっと意外っつーか……」  さも不思議そうに訊いてくる紫月を横目に、鐘崎の方はそれ以上に怪訝そうに瞳をしかめて見せた。 「俺、そんなこと言ったか?」  まるで記憶に無いとばかりに首を傾げて困惑顔だ。照れ隠しなのか、本当に覚えていないのかは分からないが、 「まあ、それだけお前と一緒にいたいっていう、強い気持ちの表れだったのかもな?」  少々はにかみながらそう言って笑った。  その笑顔があまりにも屈託がなく、爽やか過ぎて、 「……っ、そういうの、反則じゃね?」  思わずこちらの方が赤面させられてしまう。普通だったら恥ずかしくてなかなか言えないようなことも、何の臆面もなく真っ直ぐに伝えてくれる。そんな鐘崎の腕にこうして包まっていられることが、嬉しくてたまらない。これまでの自分にはおおよそ有り得ないことだが、この鐘崎の前でだけはとびきり素直に甘えられることが、くすぐったくもあり、信じられなくもあった。と同時に、身体も心もすべてがこの上なく幸せな気持ちで満たされていくのを、紫月はひしひしと実感していた。 ◇    ◇    ◇

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