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第94話

「旨いな」 「だろ? 俺、こんな旨えシュウマイなんて食ったことねえ!」 「ああ、そうだな。本当に……旨い」  そう言って感慨深げにする父親の瞳が潤んでいるように思えたのは錯覚か――紫月は不思議そうに首を傾げながらも、いくら美味い料理だからといって、泣くほど感激したのだろうかなどと暢気なことを考えていた。 「どうしたよ? 泣くほど旨えってか?」  少々茶化しながらも、親父も歳かな? と、――そんなふうに思った瞬間、 「バカ野郎、誰が泣いてるだって? この……辛子が……」  シュウマイに付けた辛子醤油を片手に、慌てて茶をすする様子に思わず吹き出してしまった。 「あははは! 何だ、辛子かよ? そういやさっき源さんが練りたての辛子だとかって言ってたな」 「源さん……?」  慌てて飲んだ茶のせいでゴホゴホと咳込みながら、父親がそう訊いた。 「ああ、うん。あいつんちに一緒に住んでる人でさ、すっげいいおっさん! 何でも……あいつの父ちゃんの昔っからのダチだとかって言ってたな」  モゴモゴと料理をかき込みながら説明をした紫月に、 「ああ、あの御仁か――」  先日、紫月が世話になった件で御礼の挨拶に行った際に迎えてくれたその人が源さんなのだろうと思った。 「そういや、親父よー! あいつんちに挨拶行ったってマジ? 源さんに聞いてビックリしちまったぜ、俺」  そうならそうと自分にも伝えておいてくれればいいものを――というような顔をした紫月をチラ見しながら、父親の方は思い切り眉をしかめてみせた。 「ビックリしちまった……じゃねえわ! 元はと言や、お前が他人様に世話掛けるようなことするからだろうが」  道場師範の彼がちょっと本気で睨みを据えれば、いかに父親といえども、さすがの目力に一瞬気持ちがひるむ。 「……んな、マジんなることねえじゃん」  紫月は茶碗で顔を隠しつつ、上目使いにタジタジだ。 「いつまでもバカなことばかりやってねえで、もう高校も三年なんだし、そろそろ将来のことを真面目に考えねえとな」  途端に説教モードが漂い始めたのに焦って、紫月は空気の流れを変えんとばかりに、おどけて見せた。 「ま、まあまあ……! これからはちゃんとすっからさ。それよか、ほら……冷めねえ内に、ギョーザ! あ、春巻きも旨えよ。メシのおかわりは? よそって来ようか?」  機嫌を窺うようにニコニコとしながら、これまたキビキビと”痒いところに手が届く”ふうに立ち回る我が息子を眼前にしながら、紫月の父親は「ふぅ……」と軽く、呆れまじりの溜息を落としたのだった。

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