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第96話

 同じ頃、桃稜学園の氷川の方も、彼の側近ともいうような人物と、少々深刻な電話の最中だった。  まあ、こちらは鐘崎と源次郎のような間柄とは違って、自身の側近というよりは父親の秘書と言った方が正しい存在のようだ。香港支社にいるその彼に、やはり香港から転入してきたという鐘崎のことで、いろいろと尋ねたいことがあるわけだった。  聞きかじった話だが、桃稜の不良仲間からの報告によれば、鐘崎という男はどうやら結構な金持ちの息子らしいとの噂が上がっている。つまり、どこかの企業の御曹司だという可能性は高い。  だとすれば、案外自身の父親が経営する貿易会社とも、多かれ少なかれ繋がりがあるかも知れないと踏んだのだ。  年始のパーティーなどで企業同士の名刺交換くらいはしたことがあるかも知れないし、とにかく現地にいる人間ならば、鐘崎の素性も調べやすいと思ったのである。  電話の内容は、先日から頼んでおいたその件への返答だった。ところが、氷川が期待していたものとは少々――というよりもかなり話向きが違うようである。 「はぁ!? この件からは手を引けって……それ、どういうことだよ!」 「お伝えした通りです。先日、坊ちゃんから調べて欲しいとご依頼のあった『鐘崎遼二』というお人とは、関わらない方がよろしいという意味です」  いきなりの回答がこれでは、まるで意味不明だ。戸惑う氷川をよそに、電話の向こうからは秘書の男性の落ち着いた声音が先を続けた。 「彼は香港では知らない者がいないというくらい有名な家柄のご子息です。と言いましても、現在は『養子』というような形になっているようです。実際の戸籍がどうなっているのかまでは定かではありませんが、彼の実父も香港におります。養父、実父共に相当な力をお持ちですので、一般の人間ならば彼らと関わり合いになるなど以ての外――と言っても過言ではありません」  ますます理解不能な話である。 「相当な力って何だよ! もっと分かりやすく説明してくんねえ? 一般人が関わり合いたくねえってことは、カタギじゃねえってことかよ? それとも国の権力者――軍や政治関係とか?」 「まあ……そのようなところです。我々のような一般人が興味を持つべきお相手ではありません」 「…………」 「とにかく、御父上からも直々にご伝言がありまして、白夜坊ちゃんにはその『鐘崎』という転入生とは関わりを持たぬようにとのお達しです。ヘタな好奇心からお近付きになったりしませんようにと、口酸っぱくおっしゃっておられました」  冷ややかとも取れる声が電話の向こうでそう結ぶ。これ以上、余分なことは訊くな――とでも言わんばかりである。仕方がないので、一旦は引き下がって電話を切ったものの、内心ではいよいよ興味を引かれて焦れるばかりだった。無論、ここで素直に親の言うなりに従うような氷川ではない。  切った電話を置く間もなく、次なる相手へとコールを入れた。

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