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第97話

 今しがたの通話相手から見れば、かなり下っ端に当たる者だが、氷川と年齢もそう変わらない平社員だ。彼もまた香港支社に勤めており、幾度か会って話した際にも、かなり気が合ったという印象の男である。  まだ役職にも就いていないので、大した情報も得られないだろうか――あまり期待せずに掛けた電話だったのだが、これが予想に反して、なかなかの耳寄りな話を聞き出すことが出来たのだった。  受話器を肩先に挟みながら、気を落ち着ける為か煙草に火を点けて、逸ったように身まで乗り出す勢いで氷川が問う。 「今の話……本当なのか?」 「ええ、間違いありませんよ。裏の世界で『鐘崎僚一(かねさきりょういち)』といえば、知らない奴はいないってくらいのツワモノって聞いたことがあります。実際にどんな仕事をしていて、どこに住んでいるのか――とかの詳しいことは一切謎に包まれてる黒幕的な人物らしいですよ。彼には一人息子がいて、それが多分、白夜君のおっしゃってる『遼二』って子なんだと思います」 「……そんなに有名なのか?」 「ええ。その遼二って息子の方が、香港マフィアの頭領と言われている『(ファン)』一族の養子になってるって話なんですよ。それもあって多かれ少なかれ有名というか。ああ、そうだ……確かその遼二って子には、既に許嫁もいるんじゃないかな」 「許嫁だって?」 「ええ、俺も噂で聞いた程度なんで定かじゃありませんが……香港では勿論のこと、世界的にも有名なホテルチェーンを展開しているホテル王の令嬢だったと思います」 「ホテル王の娘――ね。そんな許嫁がいるってのに、何だってヤツはまた日本に転入なんかして来たんだ?」 「さぁ、どうでしょうね。香港(こっち)で育ったっていっても、やっぱり日本人だから故郷が懐かしいとか? それとも一度くらいは日本の高校に通ってみるのも人生経験になるとか、そんな感じじゃないでしょうかね。気になるんなら、もうちょい詳しく調べてみましょうか?」 「いいのか?」 「ええ、構いませんよ。ちょうど明日、大企業のお偉いさんの面々が集うパーティーがあるんで、それとなく話を振ってみます。煌一族の話題なんて、俺も個人的に興味ありますし」  父親の側近連中とは違って、まだ若いせいもあってか、この男は秘密めいた隠し立てをする素振りは全く無い。それどころか、自身もまた、興味津々で熱心に話を聞いてくれる上に、こちらの一等知りたいような情報をペラペラとしゃべってくれるものだから、氷川にとってはこの上なく有難いことであった。 「いろいろ助かるぜ。また日本(こっち)に来た時には、お礼にメシでも……いや、酒でも奢らしてもらうぜ。一緒に一杯やろう」  氷川は上機嫌で電話を切ると、自然と湧き上がってしまう含み笑いのまま、至極満足そうにソファへと腰を落ち着けた。

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