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第98話

――とりあえず今しがたに聞いた内容を頭の中で整理する。相も変わらずに煙草をふかしながら、ソファの上でふんぞり返るその姿はとても高校生の態度ではない。  氷川の父親は香港に支社を持つ程の大手貿易会社の社長をしているやり手だが、都内一等地にある本社と国内の各支社、そして香港へも行ったり来たりの多忙を極める身の為か、一人息子の氷川については殆ど使用人任せの放任状態だった。母親はといえば、香港での暮らしが水に合っているのか、支社の方へ行ったきりで、氷川が住まう川崎の自宅には滅多に帰って来ない生活だ。両親はうるさくしない上に、金銭面でも何の不自由もない。家の一切を任されている執事のような男を筆頭に、掃除洗濯など身の回りの世話は無論のこと、料理人までもが専門に配備された環境で育った氷川は、いわば両親が不在のことの多いこの邸の主のようなものだった。  容姿は端麗でいて小さい頃から発育も良く、長身で常にクラスで一番背の高い存在だったので、周囲からはチヤホヤとされるのが当たり前だった。それは高校に入ってからも変わらずに、『いいところの息子』だということで教師は持ち上げてくれるし、腕っ節も気も強いので仲間内からも一目置かれて、もてはやされている。望むものはすべて容易く手中に入る環境が、少々横柄で自信家の性質を作り上げたといって過言でないだろう。  そんな氷川が初めて屈服させられたのが鐘崎遼二という男なのだ。しかも彼もまた香港と縁があり、長身で腕も達つとなれば、どこそこ似通っているようで、それだけでも勘に障る存在である。とにかく氷川は鐘崎のことが気になって気になって仕方なかった。  苛立ちを抑えるかのように肺まで取り込む勢いで一服を吸い込んでは、より一層深くソファにふんぞり返って天井を仰ぎ見る。 「……裏の世界の黒幕が実父で、マフィアが養父だと? 冗談にしては度が過ぎるっての!」  いかにも現実離れした信じ難い話である。だが、よくよく思い起こせば、それも満更嘘ではないのかも知れないと思えてくる。先日の暴行事件の時に一之宮紫月を助けに来た鐘崎という男が、尋常ならないくらいに強かったことを考えると、確かに納得がいくというものだ。見張り役に置いていた不良連中をいとも簡単に片付けてしまい、何より喧嘩の実力は抜きん出ていると自負していた自身でさえ、有無を言う間もなく急所を押えられてしまったのだ。  もしも彼がマフィアの組織で育ったのならば、それも当然と頷ける話だ。 「……関わり合いになるな――だと? 人の気も知らねえで……クソ親父が!」

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