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第99話
このまま黙って引き下がれば、桃稜の頭と言われてきた自身のプライドはズタズタだ。如何に親がマフィアだろうと、まさか子供同士の喧嘩に口を出して来るとも思えずに、氷川の頭の中は汚名を挽回することだけでいっぱいになっていた。
とはいえ、やはりあの鐘崎相手に単独でどうこうできるかといえば、少々自信がないのも否めない。
「クソッ……! どうすりゃいいってんだ!」
こうなったら、鐘崎を倒すことよりも一之宮紫月だけにターゲットを絞った方が歩が有るのではないか。彼一人だけでも押さえれば、とりあえずの面目は保てるだろう。
聞くところによれば、あの日以来、鐘崎がボディガードのようにして四六時中紫月と行動を共にしているらしいという情報も得ている。下校時は無論のこと、登校の際にもわざわざ家まで出迎えに行くという執心ぶりだという。
(まさか、あの後デキちまったのか、あの二人――)
格別、同性に興味があるというわけではない自身でさえ、一之宮紫月の色香には惑わされた程だ。凌辱行為を受けて弱っていた彼を目の前にして、間違いを犯したくなるのも考えられないことではない。
一瞬、そんな思いが過ったが、普通に考えればおおよそ有り得ない話だ。男女であるならばその可能性は無くもないだろうが、彼らは男同士だ。登下校時の送り迎えというのも、単に桃稜学園や他校との揉め事に巻き込まれないようにとの配慮だと考えるのが妥当なところだろう。
とにかく、どうにかしてあの鐘崎という男と一之宮紫月を引き離す策を巡らせる必要がありそうだ。常に一緒に行動されているのでは、隙を狙うことも儘ならない。
悩み焦れる氷川の元に、香港支社に勤める例の男性社員から朗報が入ったのは、次の日の夜半のことだった。
昨晩の電話で話題に上がったホテル王の娘という女性が、鐘崎を訪ねて近日中に来日を予定しているというのである。各界の要人が集うパーティーで、こちらから網を張るまでもなく、そんな話題に花が咲いていたらしい。
氷川はそれを聞くや否や、昨晩とは打って変わった追い風に、ニヤけまじりの高笑いが抑えられない程に上機嫌の心持ちになった。
◇ ◇ ◇
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