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第100話

 香港から(ハン)氏の娘の美友(メイヨウ)が来日するという日、何も知らない紫月はいつものように鐘崎に送られるという形で帰宅した。ちょうど剛と京も遊びがてら寄るというので、当然のこと鐘崎にも立ち寄っていかないかと誘ったのだが、あいにく実家関係の用事があるらしく、今日は遠慮するというのを残念に思いながらも、三人でそのまま彼を見送った。 「しっかし、遼二も律儀だよなぁ。用があるってのにわざわざ遠回りしてここまで一緒に付き合うとかさ」 「ま、今じゃヤツが紫月を送るのは日課みてえなもんだからな」  剛と京が口々にそんなことを言いながら感心の面持ちだ。鐘崎が転入してくる以前も、この二人が下校途中に紫月の家へと遊びに寄るのは珍しいことではなかった。道場とは別に母屋があり、紫月が住んでいるのは更にその母屋の隣に建てられた離れときている。人の出入りも多いから、仲間内では一番気軽な溜まり場といったところなのだ。  その道場では今日も小中学生の部の稽古が開かれているらしく、子供たちの威勢のいい組み合いの声が賑やかだ。それらを遠くに聞きながら、離れの紫月の部屋では早速悪友たちが寛いでいた。 「遼二のヤツも寄って行けりゃ良かったのになぁ」  簡易冷蔵庫から適当にソフトドリンクを選び、そのすぐ脇のチェストの上に置いてある菓子を物色しつつ、京が暢気な声を出す。 「ま、家の用事だってんなら仕方ねえだろ。また今度一緒に遊べばいいじゃん」  一方の剛は、ベッド脇の棚からお目当てのゲームソフトをゴソゴソと引っぱり出してコンセントを繋ぎながら、まるで勝手知ったる我が家といった調子だ。当の紫月は微苦笑ながらも気の置けない仲間といるのは心地良く、親友らの好きにさせていた。そんな折だ。  突如、物々しい慌しさで、同じクラスの男が二人、紫月を訪ねて駆け込んで来たのである。 「紫月! ああ、剛と京も一緒だったか……。大変なことになっちまった! 俺らのクラスの茂木と川田が桃稜の氷川に捕まっちまった」 「はぁッ!?」  すっとんきょうな声を上げたのは剛と京である。 「捕まったって……どういうことよ。拉致られたってこと?」 「けどよ、何で茂木と川田なんだ? あいつらって特に悪目立ちするようなヤツらじゃねえじゃん」  まあ、四天学園に通うくらいだから、それなりに――といおうか、確かに品行方正と褒められたものでもないが、他所の学園に目を付けられる程の不良というわけでもない。いわば、少々洒落っ気がある今時の高校生といった二人だ。そんな彼らがどうして氷川などという、不良グループの頭的存在の男に絡まれなければならないわけだろう。

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