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第102話

――氷川が単独で、他に仲間連中がいないとは一体どういうわけだろう。 「とにかく……茂木と川田を迎えに行って来る」  紫月は手にしていた学ランを羽織ると、そう言って縁側から庭先へと降りた。 「ちょっ、待てって! 一人じゃやべえだろ! 俺らも一緒に……」  剛と京が慌てて引き止めたが、紫月はすぐにそれを断った。確かに一人で氷川と対峙することには気乗りしないどころか、極力避けて通りたいのは言うまでもない。先日の淫らな暴行のことが否が応でも思い出されて、腰が引けてくる。では――だからといって剛と京と共に乗り込んだ挙句、またあの時のような成り行きになったとしたら、それこそ冗談で済まされることではない。親友たちの目の前で屈辱的な淫行など真っ平ごめんだからだ。そうなるくらいなら、誰にも知られず一人で行った方が数段マシだと思えたのだ。 「心配するな。氷川だけだってんなら俺一人で何とでもなる……。お前らはここで待ってろ」 「けどよ……」  戸惑う剛らの傍らでは、紫月を呼びに来た二人が一緒に行く気力など毛頭無いといった様子で、震えながら縮こまっている。彼らだけをこの場に置いて行くのも忍びなく、考えあぐねている内に紫月はさっさと出て行ってしまった。  急に静かになってしまった部屋で、互いを見合いながらも何を話していいか分からない――そんな沈黙を突き破るように剛が立ち上がった。 「……やっぱ、俺らも紫月の後を追った方がいいだろ」 「ああ……そうだな。もしも氷川の他にも桃稜の連中が集まって来てねえとも限らねえ」  剛と京は意を決したようにうなずき合うと、残された二人にはとりあえず帰るように告げて、指定された工場跡地へと急いだ。 ◇    ◇    ◇  紫月が呼び出された場所へ着くと、先程迎えに来たクラスメイトの二人が言っていた通り、茂木と川田が工場内の柱に背中合わせで縛り付けられていた。遠目から見ただけだが、二人共にそう重傷というわけでも無さそうだ。こちらの存在を目にするなり、はっきりとした声で口々に「紫月!」と名を叫んで寄こした。  傍には彼らを見張るような形で氷川が手持ち無沙汰にしており、他には誰も見当たらない。これなら勝機が望めないわけでもなさそうだと安堵した反面、こんなややこしい形で呼び出す氷川の意図が読めないのもまたしかりだった。 「よう、一之宮――随分と早かったじゃねえか」  氷川はこちらに気付くと、嬉しそうに冷笑した。紫月がいるのはこの工場の入り口、氷川とは大分距離がある。とりあえず拘束されている二人を助けるのが先か――いや、その前に先ずは氷川をどうにかしなければならないだろう。どうやら本当に一人らしい氷川の様子を不気味に感じつつも、紫月はやや慎重に工場内へと歩を進めた。 「どういうつもりだ、てめえ」  低く憤った声音がそう訊くと、氷川は面白がるように唇をひん曲げながら、満足げに双方の距離を縮めて寄こした。

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