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第103話

「本当に一人で来るとはな。さすがに『四天の頭』を張ってるだけはあるってか?」  先の暴行であれだけ酷い目に遭わせたにも関わらず、またぞろノコノコと、よくもまあ単独で出向いて来たものだと、そんな意味合いなのか言葉じりだけは白々しくも賞辞口調だ。裏を返せば思い切り小馬鹿にされていると取れなくもないが、そんなことは正直どうでもいい。 「用件は何だ」 「相変わらず愛想のかけらも無えってか? お前ってほんと、いちいち勘に障る態度は変わらねえなぁ」 「俺はてめえと世間話しに来たわけじゃねえからよ。用が無えってんなら、そいつらを連れて帰らせてもらうぜ」 「つれねえこと言うなって。こっちはお前にとってとびっきりの情報を提供してやろうってんだからな、もうちょい丁重にしてくれてもいいと思うけどね」  何が『とびきりの情報』だか――どうせくだらないことに決まっている。目の前でクダを巻いている氷川を無視して、とりあえず仲間の縄を解こうと一歩を踏み出したその時だった。 「今日は愛しの用心棒はいねえのか? ああ、それともてめえの番犬――とでも言った方がいいかな?」  すれ違いざまに浴びせ掛けられた言葉に、紫月は思い切り眉根を寄せて立ち止まった。 「何のことだ……」 「お前、あれ以来、登下校もずっとあの『番犬野郎』と一緒って話じゃね? いつまで経っても一人になってくんねえからさ、お陰でこんな手間なことして呼び出すハメになったってわけ」  訊かずとも鐘崎のことを言っているのは明白だ。おそらく先日の乱闘騒ぎの際に、助けに来た鐘崎と氷川の間では一悶着あったのだろうが、実のところ暴行のショックで記憶が曖昧だった。そういえばその時の勝敗については一切聞かされていなかったことに今更ながらに気付く。  あの時、自身を助けた鐘崎は特に怪我を負っているふうでもなかったから、脳裏から抜け落ちていたのだが、よくよく思い返せば氷川が素直に見逃すとは思えない。一戦交えたのだとしたら、どちらが勝ったというわけだろう。いや待て、確か氷川の仲間らが警察がどうのと騒いでいたから、単に早々にその場から散ったというだけだったのか。そんな思いを巡らせながら、ぼうっとなっていたのだろうか――紫月の顔を覗き込むように、氷川が更に距離を縮め、にじり寄った。  まるでヒソヒソと内緒話をするかのような小声で、ともすれば頬と頬とがくっ付く程の至近距離に、さすがに身を固くする。 「警戒――するよなぁ。何たって今日は番犬がいねえんだから? でもまあ、お前ならこういう形で呼び出せば、一人でもぜってー来ると思ってたぜ」  こちらの反応を逐一面白がるように、氷川はニヤッと笑ってみせた。 「ホントはさ、こないだのことバラされたくなかったら……とか何とか言って呼び出そうかとも思ったんだけどよ、それじゃあんまりにもセケぇだろ?」 「……人質捕るのはセコくねえのかよ」

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