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第104話
「まあそう言うなって。お前がガチで俺に犯 られちまったことをバラすぜーとか言うより、よっぽどマシだろ?」
どんな手口だろうと卑怯なやり方に変わりは無いように思えるが、氷川にとっては汚い中にも優劣があるらしい。例えば『この間の淫行の写真をバラ撒かれたくなかったら』などのように如何にも卑劣な脅し方をするのはプライドが許さないといったところなのか。いわば『自分はこれでも筋を通せる男なんだ』というようなことを誇張したいのか、そんな自身に酔うように氷川はかなりの上機嫌だった。
「ま、あんまし汚ねえやり方しても、あの番犬野郎に食い付かれるだけだしな? そういう隙は見せねえに越したことはねえと思ってよ」
上機嫌だったかと思いきや、今度は大層苦々しげに口元をひん曲げて罵倒まじりだ。どうやら鐘崎に対して一物あるふうなのか。
「てめえ……あいつに何か恨みでもあるわけ? さっきっから番犬番犬ってうぜえんだけど」
「はは、そう怒るなよ。つか、お前さ――ヤツの正体知っててツルんでんの?」
「……ああ?」
いちいち突っ掛かるような態度も鬱陶しい。だが、その直後に氷川から飛び出した言葉に、一瞬返答に困る程に硬直させられてしまうことになるとは思わなかった。
「今日、あいつが何処に出掛けて――誰と会ってるか知ってんのかって訊いてんの!」
「は……?」
「その様子じゃやっぱ知らされてねえみてえだな? なら教えといてやる。ヤツは今頃、香港から会いに来てる婚約者様と逢引き中だぜ? 何でもあっちじゃ、めちゃめちゃ有名なホテル王の娘だっていうじゃねえか」
――――!?
「ホ……テル王……?」
驚きを通り越して驚愕とでもいうべき紫月の反応に、氷川の方がたじろぐ勢いだ。
「おいおい、そんなにショックだったってか? まあ、お前は未だにオンナの一人もいねえみてえだし? ダチに先越されて悔しいってのは分からねえでもねえがよ」
「……だ……れが、ンな……こと……」
どうやら氷川の思考はとんでもなく明後日の方向にいっているようだが、今はそれに反論する気力など到底湧かない。正直なところ、衝撃などという言葉では言い表せない程だった。
顔色は蒼白となり、身体中の血の気が引いていくような気さえする。氷川の言うことを鵜呑みにするわけではないが、確かに鐘崎は今日、”家の用事”で出掛けると言っていたのは事実だ。
ガクガクと膝が笑ってしまうのを抑えるだけで必死の今、例えば氷川から不意打ちを食らったりすれば到底防ぎ切れない状態だ。傍目から見ても様子がおかし過ぎる反応に、
「そんなショック受けるなんてよ、まさかだけどお前……あの後ヤツとデキちまったとか?」
半ば放心状態と言っても過言でない程に呆然となっている紫月の顎先を掴み、その表情を興味深げに覗き込みながら氷川は言った。
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