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第107話
一方の鐘崎は、香港から来日した范美友 を迎える為に、源次郎と共に都内のホテルに来ていた。
一先ずはロビーラウンジで落ち合う算段になっていた為、そちらへと向かう。待ち合わせの時間まではまだ余裕があったものの、美友の方は人待ち顔で既にラウンジに居た。彼女の方も付き添いの者を従えているようで、美友が腰掛けているソファ席の周囲には数人の男性が警護をするかのように立っているので、何かと目立っていた。
「もう来ているようだな。あの奥の席か?」
「はい、人目がお邪魔にならない方がよろしいかと思い、コーナー席をお願いしました」
さすがの心配りである。もっと大事なことも無論だが、こういった細やかなことまで、源次郎に任せておけば卒がない。入り口で先方の姿を確認し、ラウンジへと足を踏み入れた途端、
「遼二!」
待ちわびたように美友が立ち上がり、ひと際大きな声でそう叫んで寄こした。
割合、ざわついているロビーラウンジといえども、周囲の客たちが一斉に視線を向ける程の大きな叫び声だ。感極まったらしい彼女が、こちらから席へと向かう間も待ち切れないといったふうにして、華やかなドレスを翻しながら駆け寄って来た。
余程、気持ちが逸っているのか、毛足の長い絨毯の上を高めのハイヒールで駆けたせいでか、思わずつまづきそうになるのを、寸でのところで源次郎が支えた。
「お怪我はございませんか、お嬢様」
「あ……ええ、大丈夫」
本当は鐘崎にそうして欲しかったのだろう、転びそうになったことを恥ずかしそうにしながらも、美友は少々怨めしげな上目使いで源次郎の後方にいた彼を見上げた。
「久しぶりだな、美友。親父さんたちも皆、変わりはないか?」
そう言って、源次郎の腕から交代するように手を差し伸べた鐘崎の懐に抱き付く勢いで、美友は逞しい胸板に顔を埋めた。
「もう……! もう、遼二ったら……! 会いたかったんだから! 勝手にいなくなっちゃうなんて酷いわよ!」
長身でガッシリとした体格の鐘崎が思わず一歩後退りする程の勢いで、その広い胸板を叩きながらそう詰る美友のそれは甘え声だ。会話は広東語であったから、その内容は容易に伝わらないにしても、周囲にいる他の客らの視線を憚りもしない仕草は目に余る。さすがにそれを諭すかのように彼女の付き人たちでさえ慌て気味で、
「お嬢様、と、とにかくお席へ。遼二様も……どうぞお掛けになってください」
そう促した程だった。
◇ ◇ ◇
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