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第108話

 周囲からの好奇の視線も落ち着き、とにかくその場にいた全員で一旦は席に着いたものの、美友は鐘崎の傍にピッタリと寄り添うようにして離れようとはしない。隣に腰掛け、彼の腕にしがみ付いたままの姿勢で、彼女の口から飛び出す言葉は「どうして? 何故?」の一点張りだった。 「いきなり日本の学校に転校だなんて、そんなことひと言も話してくれなかったじゃない……! パパから聞いて驚いたなんてもんじゃなかったのよ? ねえ、どうしてわたしには何も教えてくれなかったの?」  相も変わらずの甘え声ながら、恨み節は変わらない。どうやら鐘崎は転校のことを彼女に一切告げていなかったようだ。  まあ、鐘崎からしてみれば転校は自身のプライベートなことだし、美友は単なる幼馴染みというだけで、逐一報告する必要も無かったというところなのだが、彼女にしてみれば見解が全く違ったらしい。 「一年間も海外の高校に転入するだなんて、そんな大事なことをわたしには一切断りなしで決めちゃうなんて酷いわ! 貴男も貴男だけど、パパやおじ様たちも、誰も何も教えてくれなくて事後報告だなんて……どういうことかちゃんと説明してくれるまで許さないんだから……!」  ”おじ様たち”というのは、鐘崎の父親らのことだ。美友とは幼い頃から家族ぐるみで交流があったので、鐘崎の実父のことは無論、養父のことも、互いの家族については周知のことだった。  美友の一方的な問い詰めに、源次郎をはじめ、彼女の側の付き人たちも口を挟みづらそうに無言のままだ。そんな沈黙を破るように鐘崎が口を開いた。 「転校のことは前々から決まっていたことなんだ。お前にだけじゃなく、向こうの高校で親しくしてたダチにも言って来なかったから」  だから『お前にだけ告げなかったわけじゃない』ということを言いたかったのだが、当然のことながら美友には納得できるものではないらしい。 「あなたっていつもそうなのよ! 大事なことは一人で決めちゃって……香港にいた頃からそうだったわよ。高校に進学する時だって、わたしには何の相談もなしに通う学園を決めちゃって、危うく別々の高校を受験するはめになるところだったわ。パパからの情報で同じ学園になれたから良かったものの、こっちはいつもハラハラさせられっ放しなのよ?」 「ああ……すまない。だが、進学なんて個々の事情もあるし、相談し合って決めることじゃねえだろ?」  半ば苦笑気味ながらも宥めるようにそう言えど、そんな鐘崎の態度は余計に彼女の焦れを焚き付けてしまうだけのようだった。  思い余ってか、 「ん、もう! わたしたち許嫁同士なんだから! 何でも話して欲しいって思うのは当然じゃないの!」  そのひと言に、珈琲カップに掛けた鐘崎の指先がピクリと止まった。

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