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第110話
「なあ、美友――許嫁の件だが、今一度はっきりとさせておきたい。お前のことは良い友人だと思っているし、ガキの頃から一緒だったから妹のようにも思える。お前にはお前を大事に想ってくれるヤツと幸せになって欲しいって、そう思うんだ」
「――? いきなり何よ……」
「俺にはずっと以前から心に決めた相手がいるんだ。もしも将来を共にする時が来れば、そいつと添い遂げたいと思ってる」
その言葉に美友は滅法驚いた。鐘崎の腕に添えていた色白の手がピクリと止まり、顔色は蒼ざめて、と同時に瞳には剣が浮かぶ。次第に紅潮してくる頬の色は怒りにも似た思いの表れなのか、ワナワナと震えるようにしながら唇を噛み締めた。
「……心に決めた……って、いきなり何言い出すのよ……そんなの聞いてないわよ」
「ああ、今まで誰にも言ったことねえから」
「そんな……! 一体誰なのよ!? あたしの知らない人? もしかして……その女性 が日本にいるの? だから貴男 、黙って転校だなんて……」
そういう仮説は瞬時に立てられた。だが、よくよく考えてみれば一体いつそんな相手と知り合ったというのだろう。
――ずっと以前から心に決めた相手、と鐘崎は言った。ということは、彼がまだ香港にいる頃からの仲ということになるのだろう。だとすれば、相手は今現在も香港にいるということになるのだろうか。そんな相手を置き去りにして日本の高校へ転入するという鐘崎の行動は、美友にしてみれば信じ難いものだった。
第一、香港にいる頃から鐘崎が特定の誰かと付き合っているなどという話は聞いたことがない。もちろん、鐘崎は容姿端麗で男らしい外見の上、性質も明るくてやさしいと評判だったので、女生徒らからは、それなりに人気があったというのは知っていた。だが、恋人がいるという話は聞いたことがないし、逆に『恋愛に関しては硬派過ぎる程で、誰のことも相手にしてくれない』と噂されていたのも本当だったので、彼にそんな相手がいるなどとは思ったことすらなかったのだ。
だからこそというわけではないが、親同士が決めた許嫁という口約束が、いつかは現実になるかも知れないという期待の気持ちも膨らんでいったというものだ。もしかしたら鐘崎の方も自身を想ってくれていて、いずれ彼の方から告白してくれる日が来るかも知れない――美友は勝手にそう決めつけてしまっていた。
が、冷静になって考えてみれば、彼の方からそういった気持ちや素振りを感じたことがないというのもまた事実であった。幼馴染として家族ぐるみで交流する機会も多かれど、色めいた雰囲気になることは一切なかったし、そんな鐘崎に対していつも焦れた思いを持て余していたのも認めざるを得ない。
それなのに、『ずっと以前から心に決めた相手がいる』などと言われても、すぐには信じられないのも当然だった。
戸惑いを振り払うように、美友は突如声を上げて笑い出した。
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