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第111話

「嫌だわ、遼二ったら! いきなりそんな冗談言い出すなんて! あたしに黙って日本に行っちゃった言い訳にしては随分と陳腐じゃない?」  嘘を付くにしても、言い訳をするにしても、もう少しマシな――と言いたげな言葉を遮るように遼二は言った。 「言い訳なんかじゃねえさ。本当のことだ」  真っ直ぐに視線を合わせてそう言う鐘崎の言葉に、さすがに瞳が曇る。 「本当のことって……嘘……でしょ? 冗談よね?」 「嘘でも冗談でもねえんだ。お前にはちゃんと云っておいた方がいいと思ったから打ち明けた」 「そ……んな、酷いわよ……! あたしが貴男のこと好きだって知ってたでしょう? なのにそんな……いきなりそんなのって……!」 「……お前が俺を好いてくれてるのかも知れない――と思ったから、ちゃんと本当のことを云うべきだと思った」 「そんな! じゃあ、その人に会わせてよ……!」 「そこまでする必要はねえだろう?」 「必要なくなんかないわよ! あたしはあんたの許嫁なのよ!? あんたがどんな相手を選んだのか知る権利くらい有るわよ! 香港にいるの? それともまさか……本当に日本(こっち)に居るってわけ!?」  興奮させないようにと、なるたけ穏やかに告げたつもりだったがダメだった。最初こそ丁寧な言葉使いで甘えまじりに(なじ)っていたものの、最早それも飛んでしまったようだ。 「会わせてよ! 会わせなさいったら……! あたしよりも金持ちの女なの!? あたしよりも綺麗なの!? どんな女だろうと絶対許さないんだから――!」  手元にあったおしぼりを叩き付けながら、金切声を上げて涙まじりにそう叫ぶ。ある程度、言いづらいことだと思ってはいたものの、想像を遥かに超えた騒ぎぶりに鐘崎は眉をしかめた。 「美友、この話はもう仕舞いだ。この後、上のレストランに席を取ってあるから、皆で美味いものでも食いながら……」  そんな言葉は慰めにもならない。 「はぐらかさないで! 美味いものなんか食べ飽きてるわよ! とにかく……その女を呼んでよ! 今すぐここへ呼びなさいよ!」 「美友――もうよせ」 「早く……呼びなさいってば! その女と二人で話を付けてやるって言ってるの!」  最早、手に負えない。いくらパーテーションで仕切られているというものの、周囲の客たちも何事かとざわつき始める。離れた席で待機していた源次郎たちと美友の付添人たちが、慌てたようにして駆け付けて来た。 ◇    ◇    ◇

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