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第113話
「てめえの気持ちに正直でいたいが為に誰かを平気で傷付けても仕方ねえ――なんて考え方は、ケツの青いガキのすることなのか……な」
恋愛が成就するもしないも、それは人の縁だ。誰が悪いわけでもない。だが、幼馴染みの女性の気持ちに応えられないことで、少なからず自身を責めながら思い悩む鐘崎の優しさに、源次郎は瞳を細めた。
「いずれにせよ、いつかはご令嬢に本当のところをお伝えしなくてはならない日が来るでしょう。うやむやにして今を無難に切り抜けたとしても、後々もっと傷が大きくなるようなこともあるやも知れませんし、この度のことは致し方なかったと思います。あまりお悩みになりませんよう……」
「ああ、そうかもな……いろいろ気を遣ってもらってすまない、源さん」
「いえ、とんでもありません」
高速道路は割合順調に流れて、夕暮れの陽が映える川を渡ればすぐにインターチェンジだ。家が近付くにつれて鐘崎は脳裏に愛しい者の姿を思い浮かべていた。
――この川崎の街に紫月が住んでいる。剛や京という楽しい仲間もいる。彼らの顔を思い浮かべれば、先程までの重い気持ちが嘘のように楽になっていくようで、ホッと心が安らぐ。今ひとたび、深呼吸するように深くシートへと背を預けた、そんな折だ。マナーモードにしていた携帯が震えて、鐘崎はハッと我に返った。
今しがた別れたばかりの美友にはこの番号を知らせてはいない。だが――先程の今なので、つい彼女か彼女の付き人の誰かからかも知れないと、一瞬そう思ってしまったのだ。若干緊張の面持ちでディスプレイを見やると、そこに『清水剛』の文字を確認してホッと胸を撫で下ろす。そんな自分に苦笑しながら電話を取った。
「よう、どうした?」
気心の知れた仲間からの電話に、鐘崎の声は穏やか且つ安堵であふれていく。今頃、彼らはまだ紫月の家だろうか。何なら今から自身も寄ってみようかなどと思った矢先――だが、一瞬でそれが焦燥へと変わった。
「もしもし、遼二か!? 忙しいところ済まねえな……けど、こっちもちょっと大変なことになってて。紫月が……」
「――? 紫月がどうした」
――紫月が桃陵の氷川にさらわれちまったんだ!
電話の向こうから叫ぶようにそう言われた言葉が、運転席の源次郎の耳にもはっきりと伝わった。
◇ ◇ ◇
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