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第116話
「それによ――お前と付き合えば俺の面子も保てるんだわ」
「面子……だと? 何……の話だ」
「お前の番犬、鐘崎っつったっけ? 俺はこの前、あいつに初めて敗北させられた。あの野郎、お前を助けに来た時、一瞬で俺の急所を押さえやがった……」
「――!?」
どういう意味だ。氷川に暴行を受けた時の記憶は殆ど朧だから、鐘崎がどうやって自分を助け出したのかは正直なところ覚えていない。氷川がこう言うところをみると、やはり鐘崎が力で打ち勝ったということなのだろうか。
「このままやられっ放しじゃ、俺は負け犬だ。桃陵の仲間たちにも示しがつかねえ。本来、鐘崎って野郎を殺 るのが一番いい訳なんだけどな……さすがの俺も本物のマフィアが相手じゃ諦めざるを得ねえってことだ」
「マ……フィア……だ?」
そういえば先程の廃工場で氷川がそんなことを言っていたのを思い出した。そうだ――確かにマフィアの倅 がどうとか――そしてその後に続けられた言葉、彼には婚約者がいるとかいないとか。それを思い出した途端に紫月は焦燥感に蒼ざめた。
ブルブルと肩を小刻みに震わせうつむいて、抵抗はおろか覇気さえ失くしてしまったような様子に氷川の方は首を傾げ――そこから或る仮定に辿り着く。
「おい、一之宮――ひとつ訊きてえんだがよ。お前、あの後ヤツとどうした?」
訊かれている意味も分かるような分からないような表情で呆然としている肩に手を掛け覗き込めば、無意識のように視線と視線が重なった。
大きな瞳が驚愕をあらわに揺れている――それを目にした瞬間、氷川は燻り始めていた欲情を更に煽られたような気分にさせられた。
「おい、何とか言えよ。もしかして……マジでヤっちまったわけ、お前ら?」
包み込むように添えられた掌が頬に触れ、食い入るような氷川の視線は奇妙な程に真剣だ。今にもキスを仕掛けんとばかりの甘い雰囲気さえ伴っている。まるで恋人同士でなされる蜜月のようなそれだ。
無理矢理されるならまだしも、真逆の甘い雰囲気が互いの間に浮かび上がりそうな感覚に紫月は焦った。
氷川の指先が唇に触れ、ゆっくりとなぞられる――
「よせっ……!」
紫月は咄嗟に顔を背けた。
「おいおい――ンな、つれねえ態度すんなって。今から俺たち恋人になるんだからよー。やさしくしてやるって言ってんの」
「だ……れがッ、てめえなんかと! 冗談じゃねえ――!」
氷川の腕の中から逃れるように突き飛ばし、未だ自由の戻らない身体で少しでも距離を取ろうと身をよじる。が、やはり儘ならず――縛られている腕の紐も解けないままベッドから立ち上がろうとしたところを、背後から抱き包むように拘束されてしまった。
「……放せ、クソ野郎ッ! ブッ殺すぞ!」
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