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第118話

 違う――違う、違う、違う!  鐘崎はそんな男ではない!  真剣な眼差しで『好きだ』と言ってくれた。味わったこともないような優しさと激しさを交叉させながら抱いてくれた。絶対に放さないと、一緒にいられるならば神界だろうが魔界だろうが構わないとさえ言ってくれたのに――!  彼は氷川の言うような男ではない。  断じてない!  心の中で自分に言い聞かせるようにそう繰り返すも、氷川の言っていることも満更有り得なくはないと思う気持ちがジワジワと浸食してくる。と同時に望まない欲情がドクドクと全身を這いずり、呑み込まれてしまいそうだ。遣りどころのない気持ちに気が狂いそうになった。 「聞けよ、一之宮――俺はさぁ、あの番犬野郎と違って二股かけたりしないぜ? 付き合うって決めたらお前一筋にする。約束するぜ?」  本気なのか冷やかしなのか、まるで真意が伝わってこないニヤけまじりで氷川は言う。”二股”という言葉が、今の紫月には何より手酷い棘となって気持ちを掻き乱した。 ――もう抵抗する気力もない。  頭の中では鐘崎を信じているも、気持ちが付いていけずに氷川の言葉に翻弄される。身体はダルいまま、催淫剤の力も手伝ってか、されるがままだった。  無抵抗のままシャツを剥がれ、タンクトップも捲し上げられ脱がされて、縛られた両腕の上から更に巻き付けられる。氷川の興奮した吐息が肌を撫で、もうどうにでもなれと自我を捨て去ろうとした――そんな折だ。  急にドアの外が騒がしくなった様子に、氷川は愛撫をやめ、紫月もおぼろげながらそちらに視線をやった。 「お待ちください! 不法侵入ですぞ!」  切羽詰まったような喧騒が廊下から聞こえるような気がする。叫び声を掻き消すようにけたたましく扉の叩かれるのに、氷川は怪訝そうにベッド上から身を起こすと、脱いだばかりのシャツを羽織り直してそちらを睨み付けた。 「一体何だってんだ、騒々しい!」  不機嫌のままにそちらへと向かった矢先、蹴破られるようにドアが開かれた。 「何ということを! 本当に警察を呼びますぞ!」  そう叫んだのはこの家の執事の男だ。彼を振り払いながら姿を現わしたのは、高校生とは思えないダークな色のカジュアルスーツに身を包み、源次郎を従えた鐘崎だった。 「てめ……っ、番犬野郎!? 何で此処に……」  驚いたのは氷川だ。居るはずのないこの男がどうして――というのも無論だが、制服の時の印象とはかけ離れた出で立ちの彼に、一瞬足の(すく)む思いが()ぎる。見るからに機嫌の悪そうに歪められた眉間が、何も言わずとも彼の怒りを代弁しているかのようだった。

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