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第119話

 鐘崎は瞳の中に業火の焔が揺らめくような視線で室内を一瞥すると、 「源さん、紫月を頼む」  低い声でそれだけ告げて、間髪入れずに目の前の氷川の脇腹へと一撃を放った。 「ぐぁ……ッ」  氷川はその場に崩れ落ち、だが鐘崎はすぐさま首根っこを掴み上げると、彼の肩をひねり上げて背中に鉄槌を下し、そのまま部屋の隅まで転げるくらいの勢いで突き飛ばした。  洒落た造りの暖炉の柵が外れて、棚から調度品がガラガラと音を立てて落下し散らばり、倒れ込んだ氷川の頭上を直撃する。そんな様子を横目に、ベッド上では源次郎が紫月を丁寧に抱き起こすと、自らの上着を脱いで素早く彼を包みながら保護し終えていた。鐘崎はそれを確認すると同時に氷川の傍へと歩み寄り、床に転がったままの彼を蔑むように見下ろした。 「……ッう、てめ……何……で……」  氷川がうめき声を上げながら身体を引きずって後ずさる。背後には暖炉――もう逃げようもないのだが、どうにかして壁伝いにでも尻込む氷川を見遣りながら、鐘崎がようやくと口を開いた。 「性懲りのねえ野郎だな――この間のじゃ足りなかったか?」  一見物静かだが、低くドスのきいた声音は嵐の前の地鳴りのようだ。背筋にゾっとするものを感じ、だがしかし氷川もここで引いては面子が立たないと思うのか、口調だけでも強がりを保とうと食い縛る。 「……っくしょう……何でてめえが……どうやって此処を嗅ぎ付けた……」 「――まだそんなことをほざく余裕があるのか?」  そう言われて、ふと自らの変調に気付いた氷川の顔から、みるみると色が抜け落ちていった。 「な――――ッ!?」  利き腕の右肩に違和感を覚え、おそるおそる手をやれば、まるで皮一枚で繋がっているだけのようにブラブラと力が入らない。 「――ッ!? てめっ、何しやが……った!」  蒼白を通り越し、声まで裏返らせてそう叫んだ氷川を見下ろしたまま、 「騒ぐな。肩の関節を外してやっただけだ。医者に診せればすぐ元に戻るさ」  鐘崎は平然とそう言い放った。 「……関……節……!?」 「今はこれで勘弁してやる。だが次やったら――てめえの命をもらうことになるぞ」  怒鳴るわけでもなく声音だけは至って平穏だが、逆に淡々とし過ぎていることが空恐ろしく思えた。 「聞こえたか? 三度目はねえぞ」 「――――」

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