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第121話
「お……まえの部屋?」
「ああ、もしかしたら道場の――お前ん家の方には剛や京がまだいるかも知れねえ。一旦俺の家へ寄って、落ち着いてから帰った方がいい」
「……剛? やつらが……知らせたのか?」
「ああ。剛と京から電話をもらってな。二人には心配しねえように俺から連絡を入れておく」
確かに鐘崎の言うことも一理ある。精神的にも不安定な今、剛や京ならず、父親にも心配を掛けるに違いない。それ以前に催淫剤も抜けていない状態では、まともに立っていられるかさえ自信がない。氷川に何をされたのかと説明できる状態でもない。
だが、このまま鐘崎の自宅へと寄ることにも危惧がないとは言い切れなかった。
氷川の言っていたことが本当ならば、鐘崎の邸には香港から来ているという婚約者の女性がいるのではないか――?
そもそも鐘崎はどうしてこの場所が分かり、助けに来ることができたのだろう。剛や京に聞いたにしろ、此処に連れてこられたことまでは分からないはずだ。
次々と浮かんでくる疑問と不安に思考が回らない。
思いも寄らず、こうして駆け付けてくれたこと自体は嬉しいに違いはない。違いはないのだが――鐘崎の腕に抱かれながら、紫月は複雑な思いを隠せずにいた。
◇ ◇ ◇
鐘崎の家に着いた頃には、紫月の身体は催淫剤によって翻弄され、欲情が抑え切れない程になっていた。どうにもならない火照りと、すぐにでも欲を解放したい衝動で、もはや周りを気に掛けてなどいられない。邸の中に鐘崎の婚約者がいようがいまいが、誰にどう思われようがどうでもいい――そんな状態であった。
源次郎が気を利かせて直接地下の駐車場に車をつけてくれた為、幸い邸内の者には会わずに鐘崎の自室へと辿り着いた紫月は、部屋に入るなり床へとへたり込んでしまった。
「大丈夫か? とにかくこっちへ来て横になるんだ」
氷川の家から帰る車中で、紫月が再び例の催淫剤を盛られたことに気が付いていた鐘崎は、先ずはそれを解放してやらねばと思っていた。無論、再三に渡ってこんなことに興じる氷川に対する怒りはあったが、今は紫月の体調が何より優先だ。
「紫月――? 立てるか?」
床へと突っ伏すようにうずくまったままの身体を後方から抱き包もうとしたその時だった。
「一人に……してくれ……っ」
差し出した腕を突如振り払われて、鐘崎は眉をしかめた。
「どうした?」
「……あ、ごめ……悪い……」
紫月は自分のしてしまった行動に自ら驚いているというふうな表情で、その瞳は驚愕でいっぱいといったように揺れている。
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