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第122話

「もう何も心配する必要はねえんだぞ? 何があっても俺はお前の傍にいる」  精神的に不安定であろう紫月を安心させようと、鐘崎は必死にそう声を掛けるも、どことなくぎこちない雰囲気が二人の間に見えない壁を作っているように感じられてならない。  まさか氷川から特異なことでもされたのだろうか。先日の暴行の時も酷いことをされたに違いないが、その時でさえ思ったよりもしっかりとしていた。だが今日は違う。  どちらかといえば先日の方が受けた衝撃は大きかっただろうことは明らかだ。身体的に見ても、今回はどこにも殴られたような痕は見当たらないし、陵辱という面でも多少服を剥がれた程度で、実質未遂だ。が、明らかに様子がおかしいのは思い違いではない。  先程から殆ど言葉も発さないままでいるのも気に掛かる。助けに駆け付けて抱き包んだ時でさえ、安堵の表情とは真逆の――どちらかといえば驚愕に近い表情で見つめてきた。鐘崎はそんな紫月の様子に酷く違和感を覚えてならなかった。 「――氷川に何をされた? 何があっても俺はお前の味方だ。だからどんなことでも俺に話して欲しい。それが辛いことなら尚更一人で抱え込まないで欲しい。分かち合いたいんだ」  丁寧に、穏やかに、気持ちを乱さないようにと細心の注意を払いながら、紫月の目を見つめてそう云った。 「……味……方?」 「ああ、そうだ。お前の辛いことは俺の辛いことだ。二人で考えたい。一緒に悩んで一緒に解決したい」 「……何で……」 「お前が大事だからだ」 「……大事…………?」 「ああ、そうだ」  本来嬉しいだろうはずの言葉を掛けても、紫月の表情は変わらない。まるでこちらの言うことなすこと全てに疑りを持ってくるような顔付きが崩れない。鐘崎は何とも言いようのない困惑にますます眉をしかめさせられてしまった。 「紫月――その状態じゃ辛えだろうが。我慢しなくていいからこっちに来て座るんだ」  再度抱きかかえようとするも、紫月は酷く頑なだ――。 「鐘崎……ごめ……。俺、マジで一人でだいじょぶ……だから」 「無理をするんじゃねえ。それとも……俺がいたら邪魔なのか?」  少々辛そうに顔を歪めた鐘崎の言葉に、紫月はハッとなり、慌てて首を横に振った。 「違ッ……! そうじゃねんだ。ただ……またこんなふうに……なっちまって、お前に迷惑掛けてるのが嫌なだけ――」 「そんなことは気にするな」 「それに――」  何かを言わんとして、ほんの一瞬躊躇する。 「何だ? 何でも言ってくれ」 「……お前、今日は何か用事があるんじゃ……なかったのか? 俺のことはホントだいじょぶだから……そっちを優先して」  何だ、そんなことを気に掛けていたというわけか。鐘崎はホッと小さな安堵を呑み込むと、 「用事ならもう済んだ。何も心配しなくていい」  愛しそうに紫月の髪を撫で、再び抱き包むように腕の中へと引き寄せながらそう言った。

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