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第123話
「……済んだ? 東京に出掛けてたんじゃ……ねえの?」
「ああ。ちょっと親父関係の知人が来日しててな。挨拶くらいはしねえと親父の顔が立たねえから出掛けただけだ。もう義理は果たしたから心配するな」
「…………」
本当にそうなのだろうか――
鐘崎が嘘をつくような男ではないと信じたい気持ちとは裏腹に、氷川から聞いた話が頭の中で水を差す。
『おおかた、結婚前に女の目の届かねえところで遊び納めでもするつもりなんじゃねえの? じゃなきゃ、こんな時期にわざわざ日本の高校に転校なんて有り得ねえ話だと思わねえ?』
『すぐ傍にお前みてえな都合の良さそうな野郎が居りゃ、願ったり叶ったりってな?』
無意識の内に涙が頬を伝っていた。
そうだ――何をこうも頑なになる必要があるだろうか。氷川から聞いた話が本当ならば、邪魔者なのは本来自分の方なのだ。知らなかったとはいえ、婚約者がいるらしい鐘崎に魅かれて愛してしまったのは他ならぬ自分自身だ。もしもその女性が知ったら、きっと嫌な思いをすることだろう。
鐘崎が遊ぶつもりでやさしい素振りをしているのか本心なのか、そんなことはどうでもいいと思えた。要は自分の気持ちがどうであるか――だ。
今ここで鐘崎から本当のことを聞いたとして、果たして彼を諦めることができるだろうか。一時の遊びだったと、潔く身を引くことができるだろうか。――否、無理だ。
鐘崎と出会ってから重ねてきた思いが沸々と脳裏に蘇る。転入生として四天学園に来た彼と同じクラスになり、隣の席になって教科書を見せてやったこと、ほぼ一目惚れのようにしてどんどん魅かれていったこと、氷川から助けてもらったこと、好きだと告げられたこと、彼に抱かれたこと、すべてを過去の思い出になどできはしない。あふれる想いが涙となって紫月の頬を濡らした。
「ごめ……鐘崎、俺……どうしようもねえクズ野郎だ……」
「――?」
お前を諦められない。
離れたくない。
遊びでも構わない、今ここにある温もりを手放すなんてできない――!
「俺、バカだし迷惑掛けてばっかだし……我が儘で身勝手でしょうもねえけど……」
そうだ、例え婚約者の彼女を傷付けてしまうことが分かっていても止められない。
「俺――お前が好きだ」
ボロボロと涙しながら、声を嗄らして紫月はそう云った。
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