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第124話

「鐘崎、これで最後――、もう二度と……お前に迷惑掛けたりしねえから……ッ、だから――」  最後にもう一度だけお前の温もりが欲しい――  この身体に、心に、お前を刻み付ける。決して忘れないように誠心誠意を込めてお前の体温を、声を、息遣いを、愛撫を――そのすべてを刻み付けておきたいから……! 「抱……いて……くれ。頼む……」  これを最後にお前を諦められるよう努力する。いつか――心から婚約者との幸せを祝えるよう努力するよ。だから―― 「ごめん……ごめんな……今だけ――」  俺にこいつを貸してくれ――!  祈るような気持ちで、嗄れた声を更にボロボロに嗄らす勢いでそう懇願した。鐘崎の逞しい腕にしがみつきながらそう言った。だが、鐘崎にとってはそんな紫月の様子がやはりいつもとは違うように感じられてならなかった。 「紫月――、おい紫月――!」  一旦、抱擁を解き、泣き濡れる彼の肩をガクガクと揺さぶりながらその表情を覗き込むも、紫月の視点は定まっていない。『抱いてくれ』と訴えてくる――まるで必死とも思えるような懇願とは裏腹に、視線は空をさまよい、どこか別の次元を捉えているような感じを受けてならない。もしかしたら与り知らぬところで、氷川から何かよほどのことをされたのかと勘ぐれども、今の紫月にそれを問い質したところで、まともな返事が聞けるとも思えない。鐘崎はできる限りやさしく丁寧な扱いを心掛けながら紫月を抱え上げると、とりあえずはベッドの上へと腰掛けさせた。 「紫月、とにかく今はお前が楽になることが先決だ。何も心配しないで、俺に任せておけばいい。分かるな?」  紫月を横たわらせ、そのすべてを包み込むごとくやさしく抱き締める。持てるすべての愛情を注ぐように、鐘崎は紫月を抱き締めた。 ◇    ◇    ◇  催淫剤によって欲情させられた紫月の身体を解放した後、気力も体力も限界に達してしまったわけか、そのまま気を失ってしまった彼を丁寧にベッドへと寝かし付けると、鐘崎は一人外出の支度を整えた。 「源さん、悪いが紫月を頼む。俺はちょっと出掛けてくるが、ヤツが目を覚ましても、俺が戻るまでここに引き留めておいてくれ」 「お出掛けですか? どちらへ――?」 「級友の剛と京に会ってくる。紫月が拉致された前後の状況を知っておきたいんでな」 「かしこまりました。お気をつけて」  源次郎に後を任せると、鐘崎は急ぎ剛らの元へと向かった。

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