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第126話

「いや。紫月のヤツはどっちかっつったら相手にしてなかった感じだけど……」 「うん、でもちょっと様子がヘンだったよな。いつもならもっとこう……氷川を前にしたら殺気みてえなのがあっても良さそうなのに、最初っから負けを認めてんのかってくらいおとなしくしててよ。だから思ったんだよ、ホントはあいつらって仲いいんじゃねえかって」 「だよな。紫月、普段はあんなに強えのに一撃も繰り出さねえまんまでさ。氷川だって、やたら楽しそうに紫月に笑顔向けてたし」  その直後に剛と京が駆け付けて、そのまま氷川に連れ去られてしまったのだという。  なるほど――彼らの説明を聞いて、鐘崎は事の粗方が掴めた気がしていた。先刻からどうにも紫月の様子がおかしかった理由も、これで理解できる。おそらく、氷川という男はこちらの事情を少し把握しているのだろうと思えたからだ。香港に親の経営する会社があるとのことだったし、そういった経路から情報を得たのだろう。ホテル王の娘というのは美友のことをいっているのだろうことも想像出来得た。紫月は氷川から自身に婚約者がいるということを聞かされたのかも知れない。  鐘崎は仲間たちに礼を述べると、急ぎ自宅へと舞い戻った。 ◇    ◇    ◇  その頃、紫月の方は鐘崎の部屋のベッド上に腰掛けたまま呆然と過ごしていた。目が覚めた時には鐘崎は傍におらず、このまま帰ってしまってもいいものなのかを考えあぐねていたのだ。  この部屋から出れば、おそらく源次郎らはいるのかも知れないが、もしかしたら鐘崎の婚約者だという女性が来ていないとも限らない。むやみに顔を出して鉢合わせでもしたら、鐘崎にも迷惑が掛かってしまうかも知れない。そう思った紫月は、一先ず鐘崎が戻るのを待つことにしたのだった。  が、それにしても手持ち無沙汰である。もう夜の十一時を回っている時分だ。家には何とでも言い訳のしようがあるにしろ、こんな夜更けに鐘崎は一体どこへ行ったというのだろう。もしかしたらこの広い邸内にいるのかも知れないが、だとすればそれこそ婚約者だという女性が訪ねて来ていないとも言い切れない。  特にすることもないのでベッドに横たわってみたりもするが、そうすることで先程の情事を思い出してしまい胸が苦しくなる。シャワーを貸してもらうこともできたが、紫月は鐘崎に抱かれた痕跡を消したくはなかった。  彼と触れ合えるのも、もうこれが最後なのだと思う。できることなら身体中に残る彼に愛されたというこの印を、生涯消したくはない。風呂に入れば残り香は消えてしまうだろう。そんなのは嫌だ。一生風呂に入らないで生きていければ――そんなふうにも思っていた。

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