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第128話
「紫月――いずれ話そうと思っていたことだが、今がその時なのかも知れない。少しお前を驚かせちまう内容も混じっているかも知れねえが、聞いてくれるか?」
若干重めな声音で鐘崎はそう言った。
彼が何を話そうとしているのか、想像がつくようなつかないような、紫月にしてみれば酷く胸が逸るような心地だ。だが、今しがた彼が言った『俺が想っているのはお前だけだ』というその言葉を信じ、紫月は黙ってコクリと頷いた。
鐘崎は『ありがとう』と言うと、「もしかして氷川に聞かされたかも知れないが」と前置きしながら静かに話し出した。
「先ず何から話せばいいか――今日、俺が都内まで用足しに行ったのは、香港から幼馴染みが来日してきたからだ」
「……お……さな馴染み?」
「ああ。親父が昔から懇意にしている人の娘でな、名は美友という。歳は俺らと同じで、香港では同級生でもあった女だ」
女――、その言葉に一瞬紫月の表情が強張る。
鐘崎は『違う、心配するな』というように、ゆっくりと首を左右に振りながら続けた。
「彼女とは親同士が懇意だったから、小さい頃から会う機会も多かったんだ。そんな中で親父達の雑談から、俺と美友が大きくなったら一緒にさせたいなんていう話が持ち上がってな。いわゆる許嫁ってやつだ」
許嫁――!
やはり氷川が言っていたことはまるっきりの嘘ではなかったというわけか。そう思いながらも、特には何も口にせずに紫月は鐘崎の話の続きを待った。
「だが、それは俺たちが中学に上がると同時にはっきりと解消になったんだ。元々、食事中の雑談から出た戯言のようなもんだったらしいし」
鐘崎の話によれば、子供達には子供達の人生がある、親が伴侶を決めるなど時代錯誤だということになって、許嫁の話はキッパリと打ち切られたとのことだった。
その美友が連休を利用して来日するというので、親の顔も立てて接待がてら彼女に会いに行ったというわけだ。
先刻、氷川から聞かされた許嫁の話が脳裏に蘇る。きっと氷川は親の会社の社員あたりから、そんな話を聞き付けてきたわけなのだろう。それを得意満面に披露して見せたというところだろうか。
ということは、氷川が言っていたもうひとつの話題――鐘崎はマフィアの倅だというのも満更冗談ではないということか。鐘崎自身も『少し驚かせてしまうかも知れないが』と前置きしていたし、もしかしたら本当の話なのかも知れないと紫月は思った。
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