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第129話

 それを確信させるかのように鐘崎の話は続いた。 「前に少し話したことがあったと思うが、俺には育ての親がいる。いわゆる養父ってやつだ。美友ってのは、その育ての方の親が懇意にしている御仁の娘でな。無碍(むげ)にもできねえってわけだったんだ」  鐘崎にとっては彼女の接待は致し方なかったというところなのか、苦笑気味の表情からはそんな内心が窺えるようだった。  とにかくは彼に許嫁という存在が今はいないということにホッと胸を撫で下ろす。鐘崎本人の口から聞けたことで、それはより一層の安堵感となって紫月を包み込んだ。  残るは、彼が本当にマフィアの一族であるのかどうかということだ。それが鐘崎の言う”育ての親”の方なのか、それとも実父がそうであるのか。とにかく今は鐘崎の告白を黙って聞くしかない。まるでそんな気持ちが伝わったかのように、 「なぁ紫月――俺の実の親父だが……」  鐘崎が切り出した言葉に胸が逸る。彼は一旦そこで言葉を止め、だがすぐにこう続けた。 「少し信じ難い話かも知れねえが、俺の親父の稼業はいわゆる”裏社会”と言われる世界と密接な繋がりがあるんだ。というよりは裏社会そのものといった方が正しい」 「裏……社会?」 「俺たちの間では”始末屋”という通称で呼ばれている裏稼業だ。財界や政界のお偉いさんをはじめ、時には闇社会で生きる人間から依頼を受けて、それを遂行するような仕事だ」 「……それって、もしかマフィア……とかからも依頼が来たりするのか?」  思わずそう訊いてしまった。鐘崎の説明を待とうとすれども、やはり酷く気に掛かっているのは正直なところだったのだろう、本能がそう言わせてしまったのだ。  鐘崎はそんな紫月の内心がすべて理解できているというように苦笑すると、 「氷川がそう言ったのか?」と訊いた。 「あ……いや、その……うん。お前が……マフィアの(せがれ)だとかって……。あ、けど、あの野郎の言うことだから、嘘ハッタリかも知れねえけど……さ」  しどろもどろになってしまい、まるで挙動不審をどうにかして繕おうとする紫月に、鐘崎は再び苦笑した。 「嘘じゃねえ。本当のことだ」 ――――!  驚きに目を見張った紫月の頬に利き手を添えながら鐘崎は言った。 「俺の親父は香港マフィアの頭領(ドン)と言われている人間だ。氷川は恐らく向こうの社交界あたりから情報を仕入れてきたってところだろう」 「……頭領……」 「ああ」 「……それって……実の親父さんが……ってこと? それとも――」 「育ての親の方だ。実の親父とは仕事で知り合ったらしい。俺が生まれる前からの付き合いだそうだ」

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