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第132話

「なぁ、紫月――もう一つお前に話しておきたい大事な話があるんだ」 「大事な……話?」 「ああ――少し長くなるが聞いて欲しい」  普段よりも若干低めの、抑え気味にした声のトーンでそう告げると、鐘崎は静かに話し出した。 「前に話したと思うが――、俺がまだガキの頃に、お袋が男を作って家を出て行っちまったって言ったろ? それから一年後くらいだったか、お袋の父親――つまりは俺のじいさんに当たるわけだが――そのじいさんが亡くなってな」 「ああ……川崎に住んでたっていうお袋さんの実家の……?」 「そうだ。だが、お袋は男と一緒にアメリカに行っちまってて、何とか連絡は付いたらしいんだが葬儀には顔を出さなかったんだそうだ」 「…………そう、なんだ」 「親の葬式にも来ねえ親不孝な娘だっつって、ばあさんがえらく嘆いたらしい」  鐘崎の話では、それが心労になってか、祖母も祖父の後を追うようにそれから半年も経たない内に亡くなってしまったとのことだった。  ちょうどその頃、鐘崎の実父は香港で割合大きめのシンジゲート絡みの依頼を片付けた直後だったという。離縁した前妻の両親といえども、その前妻自身が葬儀にも顔を出さないことを気に病んでか、父親は一人でも霊前に手を合わせに来日したのだそうだ。  だが、そこへ先の仕事で潰したはずの組織の残党が恨みに思い、鐘崎の実父を追い掛けて来日してきたらしい。その時は全くのプライベートだった為、特には抗戦用や護身用といった、いわば武器の類を身に着けないで葬儀に出席、その帰り道で彼らに襲われてしまったということだった。 「親父は肩に銃弾を食らって――幸い、弾は腕をえぐっただけで貫通はしていなかったが、出血が酷い上に追手に見つかるまいとして、その場から動けなかったそうだ」 「……そんな……」  まさに絶句するような内容だ。映画やドラマでなら有りがちな話でも、現実に銃撃を受けるなど、想像が付かない。 「路地に身を隠したが、しばらくはじっとしているしかなかったらしい。病院に駆け込むことも考えたそうだが、それでは後々が面倒なことになる」  確かにそうかも知れない。街中で銃弾を食らったなどといえば、すぐさま大ニュースになり、大騒ぎは免れないだろう。 「それで……親父さんはどうなったんだ……?」  鐘崎の話では、今現在は元気にしているようだし、ヘンな例えだが生きて無事に香港で暮らしているのだろうから、その時に命を落としたというようなわけではないのだろう。不安げな面持ちながらも、紫月は話の続きを待った。

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