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第136話
「そうして親父たちは互いの近況を手紙で知らせ合った。恩人の彼から送られてくる手紙には彼の写真も同封されていて、親父は俺にもそれを見せてくれたんだ。彼自身の写真は勿論、彼の家の様子や庭で育てた花なんかもあったな。俺が中学に上がる頃には、男同士ではあるがその恩人と愛し合っているということも打ち明けてくれた」
鐘崎はその事実を聞いても、特には驚きはなかったと言った。それよりも、父親が心底魅かれているというその男性に対して、興味とも親近感ともつかぬものの方が大きく、好奇心の方が強かったらしい。いつか会ってみたいとも思ったそうだ。
そして、紫月にとっては少々驚くようなことを付け加えた。
「親父に送られてくる写真の中に、彼の子供の写真も年々増えていってな。俺はいつしかそいつに興味を抱くようになっていった。写真の中で成長していくそいつが妙に気になって仕方なくなってな――思えばあれが俺の初恋だった」
――――!
「……初……恋」
紫月にしてみれば思わずドキリとさせられる言葉である。
別段、鐘崎に初恋の相手がいようが、それは子供の時分のことだ。かくいう紫月自身にだって初恋くらいは覚えがあることだし、そんなのは誰しも同じだろう。だが、やはり面と向かって『初恋』などという言葉を目の当たりにすると、嫉妬とまではいかないにしろ、何となくドキドキとさせられてしまうのも事実であった。
「そっか……。お前の初恋かぁ……」
どんな相手だったんだというように、紫月はわざとおどけ気味で明るさを装うように笑顔を傾げて鐘崎を見やる。――と、そこで或る思いが脳裏を過ぎった。
「なぁ、鐘崎……。あのさ……」
「ん?」
「もしかしてだけど……今も親父さんのところにはその恩人って人から手紙が来てたりするのか?」
「ああ、多分な。まだ二人の想いは変わってねえと思う」
そうであれば尚更のこと、或る疑念が紫月の胸を締め付ける。”恩人”というのは、この川崎に住んでいるはずだからだ。
「な、お前、日本に来てから……その恩人って人に会いに行ったりした? そんでもって……その初恋の女ってのにも……」会いたいと思わなかったのか――? そう訊こうとする言葉を鐘崎に取り上げられた。
彼の形のいい指が唇に押し当てられて、まるで『しー、静かに。そこから先は何も訊いてくれるな』といわんばかりだ。と、その直後に、鐘崎はまるで話をはぐらかすかのような全く別の話題を振ってよこした。
「紫月――、俺が初めてお前の家に行った時に、親父さんが宝刀を見せてくれたのを覚えてるか」
「へ……!? あ、ああ……あの刀? もち、覚えてっけど……」
何で突如そんな話になるのか理解できずに、紫月は面食らった。百八十度違う話題を振って――そうまでして初恋の相手のことに触れて欲しくはないというわけなのか。何だか阻害されているようで、紫月は急激に気持ちが落ち込んでしまうのを抑えられなかった。
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