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第137話

「お前の親父さんが居合抜きの実技まで披露してくれたんだったよな。あれは嬉しかった」 「え……あ、ああ……そう?」  もやもやとした気持ちは加速するばかりだ。 「え……っとさ、鐘崎――その、何で急にそんな話……?」  何だか耐えられずに、思っていることがそのまま口をついて出てしまった。――が、 「あの宝刀、”残月”という名の夫婦刀――傍に居たくとも叶わない想いに代えて、互いをいつでも感じていられるようにとの願いが込められた刀だ」  そういえば確かに鐘崎はそんなことを言っていたっけ。刀の由来などにやけに詳しいものだと、それを聞いた時は不思議に思ったものだ。 「な、紫月――。実はな、あれをお前の親父さんに贈ったのは俺の親父なんだ」 「……え?」  鐘崎から打ち明けられたそれを聞いた瞬間、まるで雷に打たれでもしたように紫月は一瞬で固まってしまった。 「か、刀を……贈ったのがお前の親父さんって……それ、どういう……! じゃ、じゃあ……まさか……」 「そうだ。怪我をしていた俺の親父を助けてくれた恩人ってのは、お前の親父さん――一之宮飛燕(いちのみや ひえん)氏だったんだ」 ――――――!  紫月はしばしの間、何も返答できなかった。  ただただ、まるで唖然としたように口をポカンと開けたままで鐘崎を凝視する。瞬きさえも忘れてしまうかのような衝撃だった。  つまり、鐘崎の父親と自分の父親は昔からの知り合いで、二人は互いに愛し合っているということなのか――。すぐには信じられずに、呆然と言葉さえも儘ならない。そんな様子を気遣うように、鐘崎が僅か切なげに紫月を見つめた。 「驚かせちまって悪い――」  まるで『済まない、申し訳ない』と言わんばかりの鐘崎に、フルフルと首を左右に振って否定するのが精一杯だ。 「や、そんな……お前が謝ることなんか……ねえって……。ただ……ちょっと、つか、だいぶ? 驚いたけども……」 「そうか――」 「あの、えっとさ……つまりその、俺の親父が昔……お前の親父さんを助けて、そんでもって愛……えっと、愛し合ってるってことで――合ってるんだよな?」 「――ああ」 「じゃ、じゃあさ……親父たちは今も――」そこまで言い掛けて、ふとあることに気が付いた。 「……ってことは……お前の初恋の相手ってのは……!」 「そう、お前のことだ。紫月――」 「え……俺……?」  またしても何も言葉にならず、人形のように硬直してしまう程に紫月は驚いた。 「俺……? 俺が……まさか……お前の、その……」 「初恋の相手だ」 「……ほ……んと……に?」 「ああ――。俺は……紫月、お前に会いに来たんだよ」  真剣に見つめてくる鐘崎の黒曜石のような瞳がキラキラと立体映像の香港の夜景を映している。 「写真の中で成長していくお前に、俺は年々興味が湧いちまってな。いつしか興味を通り越してどんどん惹かれていった。お互い男同士だが、親父と飛燕さんの仲を聞いてたからか、それがおかしなことだなんて微塵も思わなかったし、悩むこともなかった。俺の興味はお前でいっぱいになっていって……。いつか本物に会ってみたい、それが俺の夢になった。だから会いに来た。四天学園でお前と同じクラスに編入したのも偶然なんかじゃねんだ」 「……偶然じゃねえって……まさかお前……が?」 「ああ、学園に直に頼み込んだ」  またしても紫月は大きな瞳を更に大きく見開いたまま、硬直状態といったくらいに驚いてしまった。

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