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第138話
まさか鐘崎がそんなに前から想いを寄せてくれていただなんて、すぐには信じられないくらいである。と同時に、全身から力が抜けてしまうくらい嬉しいのも本当だった。
「なぁ、紫月――」
「え……、あ、うん……何?」
「親父たちのこと――」
認めてくれるか――? そう訊きたかったが、鐘崎はそのひと言をなかなか言い出せずにいた。だが紫月の方は彼の言いたいことが聞かずとも理解できたようで、思わず表情をほころばせながら、色白の頬を紅に染めてみせた。
「うん……。正直すっげびっくりしたけどさ……嬉しいよ」
「紫月――」
鐘崎は感極まったかのような、少し言葉に詰まるような調子で瞳を細めて紫月を覗き込んだ。
「お前の親父さんと俺の親父も……その、お互いに好き合ってたなんて、”すげえ”を通り越して奇跡みてえ……だよ」
だが、よくよく考えれば数々と思い当たる節が脳裏に浮かんでくる。紫月は、興奮したようにそれらを鐘崎に話して聞かせた。
「そういえばさ、俺も何かヘンだとは思ってたんだー。お前が初めてウチに来た時もさ、親父のヤツったらボケーっとしちまってさ。お前が帰ってからも何か意味ありげだったし! そう……それにあの時もそうだ」
「あの時?」
「ん、お前に点心の夜食を貰った日! 食いながら親父ったら泣いてやがってさ」
「泣いてた?」
「てか、親父は辛子醤油が沁みたとかって誤魔化してたけど、ありゃ多分、お前の親父さんのことでも思い出してたんじゃねえかなって、今になって納得だぜ。もしかしたらお前の親父さんと一緒にあの点心を食ったことがあったのかも……」
だとすれば、鐘崎が初めて道場に訪れた時は、さぞかし驚いたことだろう。あの時の父親の何とも言い難いおかしな様子は、これが原因だったのかと思うと、酷く合点がいくというものだ。
「なあ鐘崎、俺ン親父は……知ってたのか? お前が日本に来てるってこと」
「さあな。親父が知らせてたかも知れねえが、俺は飛燕 さんに会うのは初めてだったし、驚かれたことに違いはねえだろうな。それに、俺はめちゃめちゃ親父似だから、驚きもひとしおだっただろうと思う」
「そっかぁ……。お前って親父さんに似てんのか……。じゃあ、お前をシブくしたって感じなのか? へぇ、ふぅん……」
まるで『会ってみてえな』とでもいうように、紫月は改めて興味深げだ。少しワクワクとしたふうに頬を染めながら恥ずかしそうにするその仕草に、鐘崎はクイと片眉をしかめてしまった。
「おい――。もしかしてお前、俺の親父に興味津々ってか?」
何だか苦虫を潰したような感じで鐘崎がそう訊いたのに、紫月は一瞬ポカンとし、だが次の瞬間にプッと噴き出して笑ってしまった。
「ンだよ、まさかお前……今、ちょっと妬いた? ……なんてな」
「ああ、妬いた! お前がまかり間違って親父の方がシブくていい男だとか言い出したらどうしようって」
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