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第141話
普段は冷静な鐘崎が、そのことになると確かにいつもよりも熱くなっていたような気がする。
紫月はそんな鐘崎が愛しくてどうしようもなかった。
自分より身長も高く筋肉質で、腕っ節だって当然彼の方が上だろう。幼い頃から合気道に打ち込んできた自分が、例え本気で体当たりしたとて、この鐘崎には歯も立たないだろうことは容易に想像できる。学園でも常に落ち着いていて、クラスメイトの誰よりもクールで大人な雰囲気を纏ったこの鐘崎が、何だか無邪気で懸命なやんちゃ坊主のようにも思えてしまう。
自分が正しいと思ったことを貫き通そうとする意地も、とてつもなく可愛らしく思えてしまう。彼にこんな少年のような一面があったことに、言葉などでは言い表せない程の愛しさを感じて、紫月はこの上ない温かな気持ちになっていく幸せを噛み締めていた。
まるで今の今までとは真逆の、いつもならこの逞しい腕に抱き包まれるのは自分の方であるのに、鐘崎が甘えるような仕草で胸元へとしがみ付いてくるのが、どうにも愛しくて堪らない。そんな思いのままに、紫月は鐘崎の髪を指先で梳きながら言った。
「な、遼二さ。親父たち、早く会わせてやりてえな」
「ん――? ああ、そうだな」
「明日、家帰ったら早速親父に話したい。鐘……じゃなかった、遼二……一緒に来てくれる?」
「ああ、勿論だ。二人でお前の親父さんに話そう。親父たちのことも、それに――俺たちのことも――な?」
「……ん、うん」
紫月はまたひとたび鐘崎の腕の中で幸せにまどろみ、鐘崎は高揚する胸の鼓動をそのままに、愛しい者を更に更に強い力で抱き包んだ。
「少し――眠るか?」
そんな言葉とは裏腹に、利き手で顎先を撫で始めた鐘崎の表情は、色香にとろけて雄の情欲に充ち満ちている。
「……お前は……眠みィのかよ……」
紫月も恥ずかしそうに頬を染めながら、眠るよりもしたいことがあると視線で訴える。
「バレちまったな。眠るのは後だ。その前にお前が欲しい……すげえ……今、堪んねえ気分だ」
分かるか? といったように押し付け絡み合わされる下肢は熱く燃え滾っていて、既にガチガチというくらいに硬くて強い。それとは裏腹に誘う瞳も台詞もトロトロに甘い。
そんな鐘崎の表情仕草を目の当たりにして、紫月も真っ逆さまにその渦の中へと引き込まれていくのを感じていた。
「紫月……欲しい。お前が食いたい――」
「……ッ! 食う……って、俺は……」食い物かよ、という言葉は言わせてもらえなかった。真っ赤に熟れた頬も、彼の欲を待ち焦がれる唇も――鐘崎のしっとりとした形のいいそれで塞がれ、取り上げられて――二人はそのまま、互いの欲するままに求め合ったのだった。
ひとつひとつ丁寧に、相手のすべてが今この場にあるということを確認し合うかのように深く深く抱き合う。そう、それこそ空が白々とするまで、眠るのも惜しいといったように、求めて求められて互いを溶かし尽くしたのだった。
運命によって引き寄せられた恋は、永い時をかけて少年の胸であたためられ、巡り会い、伝えられ、受け入れられて花開き――それはまるで日一刻と成長を遂げる力強い青葉若葉のようでもあり――
鐘崎遼二と一之宮紫月を巡り合わせた春風が、今まさに若芽となって”互い”という眩しい陽光を求めんと欲し合う。
花の季節が萌ゆる青葉へと移り変わる、そんな初夏のことだった。
※第1ステージ(鐘崎編)完結。次回から第2ステージ(氷川編)です。
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