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第143話

 そんな氷川の方はといえば、鐘崎にあれだけの仕打ちを食らったことでさすがに気が萎えたわけか、一先ずはおとなしくしておくしか術はない。ついには停学まで食らって、仲間内への面子は丸潰れといった状況だ。  既に停学から一週間が経とうとしているが、その間、誰一人様子見に来るわけでもなければ、電話すら掛かってこない。心底心配そうにして、甲斐甲斐しく気遣ってくれるのは、自身の家に勤める執事の男と使用人たちくらいである。すっかり覇気も失くしてしまい、氷川は自室にこもったまま、呆然とした日々を送っていた。  そんな或る日のことだった。  ご学友がお見えですという執事からの報告を得て、氷川は半ば困惑気味に表情をしかめていた。 「俺を訪ねて来たヤツがいるってのか?」  半ば苦笑気味でそう問えば、 「坊ちゃまにお目に掛かりたいとのことで、今は階下(した)の応接室にお通ししておりますが……如何致しましょう」  執事の男が少し逸ったようにそう説明する。彼もまた、停学になって以来、友の一人も訪ねて来ないことが気になっていたのだろう、とにかくは氷川の身を案じて出向いてくれた者がいるということに、安堵の思いが垣間見えるかのようだった。  そんな様子に苦笑を隠せないながらも、氷川とて心のどこかではホッとするものがあったのだろう、ふうと軽い溜め息まじりに訪問者に興味を示してみせた。 「で、誰が来てるって?」  時刻はまだ朝といっていいだろう、午前の十時を回ったばかりだ。桃陵のクラスメイトであるならば、大方朝から授業をサボって来たのだろうが、そんなふうに自身を気に掛けてくれる仲間がまだいたのかと思えども、すぐには思い当たらない。 「はい、それが……白帝学園の粟津帝斗様とおっしゃる御方です」  執事の返事に、氷川は驚いたように瞳を見開いた。 「白帝の粟津……だと?」 「ええ。あの、坊ちゃま……。ご学友はおそらく粟津財閥のご嫡男様かと存じます。私もお年始の祝賀会などで幾度かお見掛けしたことがありますので、間違いないかと」  想像もしていなかった人物の名を聞いて、氷川はますます驚いたといったふうに、一瞬立ち尽くしてしまった程だった。  とりあえずは自室に通してくれと伝えて、またひとたび気持ちを整理するかのように大きな溜め息ともつかない深呼吸で身体を解す。程なくして、執事の男が帝斗を連れて氷川の元へとやって来た。 「すぐにお茶をご用意致します。どうぞごゆっくり――」  執事の男は丁寧に頭を下げると、一旦下がっていった。

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