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第144話
「やあ、突然押し掛けてしまって済まない」
粟津帝斗は部屋へと通されるなりそう言うと、まるで物怖じする様子もなく、にこやかに微笑んでみせた。
「随分と広いんだな。天井も高いし、暖炉まで設えてあるなんて珍しいねえ。僕の部屋にも欲しいなぁ」
興味津々といったように部屋を見渡しては、すっかりと寛いでいるその様子に、氷川は若干呆れ気味ながら片眉をひそめさせられてしまった。
さすがに大財閥のお坊ちゃんというだけあってか、不良というレッテルで名高い桃陵学園で頭を張っているとされている自分を前にしても、臆するふうなど皆無といった悠長さには、呆れを通り越して感心の念が湧きそうだ。そんな彼に、氷川は溜め息まじりにソファを勧めると、自らもその対面にドサりと腰を落ち着けた。
「で、俺に何の用だよ。てめえ一人で来たってわけか?」
この帝斗とは新学期の番格対決の時に顔を合わせているので、今更自己紹介も必要無いだろう。とはいえ、彼と一対一で面と向かって話すなど初めてなわけだから、当然親しい話題など見つかるはずもない。では、だからといって来たなり追い返すには、折角訪ねてくれた彼に失礼であろう。氷川の気難しげな表情からその複雑な心境を読み取ったとでもいうわけか、帝斗という男は親しげな調子でクスっと微笑んでみせた。
「ああ、ごめんよ。本当は電話の一本も入れてからにしようと思ったのだけれどね。訪ねてしまった方が早いかと思ってさ」
「よく俺の家が分かったな」
「そりゃあキミ、氷川貿易といえば有名だもの。父に聞いたら、ここのご自宅をすぐに教えてくれたよ。しかも聞くところによるとキミは今、自宅謹慎中だっていうじゃない? それなら訪ねてしまえばすぐに会えると思ったまでさ」
「――は、さすが財閥のお坊ちゃまってか? 停学を食らったことまで知ってやがるわけか」
「うん、まあね。何せ、我が白帝学園とキミの桃陵学園は目と鼻の先だしね。噂が風に乗って流れてくるのも早いというものだよ」
停学という事実にも全く動じずに、ともすれば大したことのないような調子で話す帝斗に、氷川は呆れたように肩を竦めてみせた。
「しっかし――、キミも大層物好きだねぇ。今回停学になった理由っていうのも聞いたよ。またあの四天学園にちょっかいを掛けたそうじゃない?」
「――ンなことまで知ってやがるのかよ……」
「そういえば新学期の番長対決だっけ? あの時キミとやり合っていた、四天の……何ていったっけ、すごく綺麗な顔をした彼……」
「――ああ、一之宮な」
「そうそう、一之宮君だったっけ。キミ、彼にも随分と破廉恥な要望を突き付けていたものねぇ」
「破廉恥って……お前なぁ」
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