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第146話

「別に……好きとか嫌いとか、そんなんじゃねえよ」 「じゃあ、どういうの?」 「どうって……てめえらお坊ちゃまには分からねえかも知れねえがな……沽券(こけん)の問題っつーか、あの時は四天側がぜってえ呑まねえだろうってな条件突き付けて、桃陵(こっち)側に有利に運ぶようにと思ったまでだ。別に他意はねえよ」 「ふぅん、そうだったの。じゃあ、今現在、キミには特に惚れている相手とかはいないってことでいいのかい? それとも他に付き合っている人がいるとか、そういうのはあるの?」  何でそんなことを訊かれるのか、よく意味が分からない氷川は、これみよがしに眉をひそめ気味で帝斗をジロリと見やる。 「そんなおっかない顔して睨まないでおくれよ。実はね、キミに少々頼みたいことがあって出向いて来たのさ」 「頼み――だと?」 「ああ。例の番長対決の時に僕が友人を連れて行ったのを覚えてるかい?」  その言葉に、氷川のティーカップを持つ手がピクリと震えた。 「……てめえのダチって……楼蘭学園(ろうらん)のあのボンボンのことかよ」 「そう。雪吹冰(ふぶき ひょう)っていうんだけど、やっぱり覚えていてくれたか!」  帝斗は嬉しそうである。 「覚えていてくれたって……まあな。あの野郎、楼蘭みてえなお坊ちゃん校にいるってわりには根性のありそうなヤツだったしな」 「キミも何だかんだと彼には結構興味を示していたものねぇ」 ――まったく、痛いところをズケズケと突いてくる男である。  氷川は苦虫を潰したような表情ながらも、ふん――と、スネたようにソッポを向いただけで、特には否定らしきもしなかった。そんな様子に、これ以上からかうのも気の毒と思ったわけか、ようやくと帝斗は本題を話し始めた。 「実はね、彼がどうしてもキミに頼みたいことがあるって言い出してね。どうやってキミにコンタクトを取っていいか分からないからって、僕に相談を持ち掛けられたというわけさ」 「頼みてえこと――?」 「うん。新学期の例の対決の時にキミと会ってから、一度ゆっくりと話をしてみたいと思っていたそうなんだ」  氷川は驚いた。確かにあの時は見掛けない顔の彼に興味を惹かれ、その後もどうしてか気に掛かってならなかったのは本当だったからだ。  遠目から一目見ただけで何となく気もそぞろとなり、傍に寄ってよくよく見れば、随分と整った顔立ちの綺麗な男だと思ったのを覚えている。  その後は、四天の一之宮紫月へのお礼参りのことで頭がいっぱいになって、忙しなかったので忘れていたが、そんな中でもいつも頭の隅の方に彼のことが引っ掛かっていたのもまた事実であった。

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