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第147話
そんな彼が自分に頼み事があるという。それを聞いただけで、何故だかソワソワと心が逸るようだ。身体中がムズムズとするような、或いはワクワクとするような奇妙な感覚に襲われて、ガラじゃないがドキドキと脈打つ心拍数も早くなっていく。
一体どんな相談があるというのだろうか――しばしイキがることも格好付けることも忘れて、その先の話を聞きたくて堪らない。氷川は酷く興味をそそられてならなかった。
そんな様子を横目に、帝斗の方は満足そうに瞳を緩めていた。
「うーん、これはなかなか……いい兆候じゃないか」
何とも意味ありげに独りごちて上機嫌だ。出された紅茶を飲み終えると、すっくと立ち上がって爽やかに微笑んでみせた。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「行くって……何処へだよ」
「僕の家が経営しているホテルがベイサイドにあってね、そこに冰を待たせてあるんだ。キミは本来、自宅謹慎中だから外出はダメなんだろうけど、僕の家の車で送り迎えするし、少しくらいなら平気だろう?」
「ホテルね……」
大財閥のお坊ちゃまの考えそうなことだ。
粟津財閥といえば、国内だけでなく海外にも名を馳せるほどの家柄である。ベイサイドにあるホテルというのも、おそらくは誰でも知っている、”超”が付く程有名な高級ホテルなのだろうということは、聞かずとも想像が付いた。
どうせ家に居ても暇を持て余しているだけである。しかも興味をそそられる話をぶら下げられたこの状況で、ノーという理由はないだろう。氷川は素直に頷いてみせた。
◇ ◇ ◇
ホテルに着くと、帝斗はフロントも介さずに最上階へと向かった。
「ペントハウスは事務所を兼ねた我が家の専用フロアになっていてね。その一画に僕の個室もあるんだ」
「……専用の個室――ね」
氷川の家とて国内外に支社を持つ名のある貿易会社を経営している家柄だから、お坊ちゃんの感覚というのも分からないではない。が、それにしてもいささか桁違いである。
ここまで乗ってきた車も磨き抜かれた黒塗りの高級車だったし、運転手もまるで古き佳き映画の中に出てくるようなクラシックな出で立ちと、洗練された仕草が現実離れしていた――という印象である。氷川は前を行く帝斗に付いて歩きながらも、半ば唖然としたような心持ちでいた。
そんな気分が吹っ飛んだのは、部屋に着いてすぐのことだった。
自分たちを出迎えた男――この帝斗の友人だという雪吹冰を一目見た瞬間、言いようのない高鳴りが鼓動を速くする。
「帝斗――早かったな」
扉を開けながらそう言って、帝斗の後方にいたこちらの姿に気付いた彼が、ペコリと軽く会釈をしてよこす。
一度聞いたら忘れられないような美声に、ドクンと胸が大きな鼓動で揺れる。
急激に高鳴り出しそうな心拍数、釘付けにさせられたまま外せない視線。
新学期の番格対決の時に興味をそそられた男は、初対面の時の印象をそのままに、再び氷川の心を一瞬で鷲掴みにした。
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