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第149話

「帝斗から聞いたかも知れないが……アンタにちょっと頼みたいことがあってさ……。特に親しいってわけでもねえのに……呼び出したりして済まないな」  申し訳なさそうに小首を傾げながらそんなことを言う。  この冰という男と会うのも新学期の番格対決の時以来だが、こうして間近で見ると、よくよく綺麗な顔立ちをした男だ。初対面の時も同じような印象を抱いたものだが、一対一で面と向かうと尚更そんな思いに拍車が掛かるようだった。  四天学園の一之宮紫月とどことなく顔立ちが似ているようにも思えるが、決定的に違うのは髪の色だろうか。紫月は天然の癖毛ふうのミディアムショート、しかも割合明るめの茶髪である。この男も髪型自体は紫月と似通っているが、染め粉などで弄っていないだろう艶やかな黒髪が何ともシックな印象を抱かせる。  身長は紫月よりもほんの僅かに低かったような気もするが、それでも一八〇センチ近くはあるだろうか。スレンダーで程よく筋肉もありそうな長身といい、確かに格好いい。楼蘭学園というのも男子校だそうだが、例えば共学だったら確実にモテそうな男前といったところだ。  それに――何と言っても特筆すべきは彼の声である。一度聞いたら忘れないような独特の美声とでもいおうか、ちょっと訓練すればすぐにも人気声優になれるだろうと思えるような特徴のある声質は、ただ聞いているだけでも心地好い。  そんな男の対面で至近距離の二人きり――氷川は何だか酷く落ち着かずに、ともすればドキドキと心拍数が上がってしまいそうになるのを抑えるかのように、クイと眉をしかめてしまった。  そんな様子に、冰の方は今一度申し訳なさそうに苦笑する。 「ほんと、悪いな」 「……いや、別に。どうせ停学中で暇持て余してたしよ……。構わねえって」  照れ隠しの常套手段か、氷川はフンといった調子で視線をそらしてみせたが、その頬には薄らと紅が射している。冰はそんな様子を横目に、若干切なそうな笑みを浮かべると、気を取り直したようにペットボトルの紅茶をすすりながら言った。 「アンタに頼みたいことがあるんだ。もしも嫌だったら遠慮無く断ってくれて構わない――」 「ああ……粟津のヤツもそんなことを言ってたな。――で、何なんだ、頼みって」  身体は未だ半分そっぽを向きながらも、視線だけをチラリとやってそう問う。 「ん――。あのさ……俺と――寝てくれないか?」 ――――!?  驚きを通り越して一瞬ポカンと口を開けたままで対面を見やる。 「寝る……だと?」 「ああ……。俺を……抱いて欲しいんだ」  氷川はますます驚いて、苦虫を潰したように思い切り眉を吊り上げた。

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