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第150話
「抱いて欲しいって……お前、その意味分かってて言ってんのか?」
「勿論……分かってる……。アンタさ、この前の番格勝負の時に相手側の学園のヤツに抱かせろって条件出してたじゃねえか。だから……つまりその、男相手でもそういうの平気なのかって思って……」
それにしてもいささか突飛過ぎる話向きだ。氷川は呆れたように瞳をパチパチとさせてしまった。
「……いきなり抱けって……ワケ分かんねえよ……」
「……ごめん」
「つかよ……、ンなことあるわきゃねえと思うけど……仮にてめえが俺に惚れた――とかなら、先ずは付き合わねえかとか、他に言いようがあんだろうが……。率直……を通り越して、おちょくられてんのかと思うぜ」
よくよく考えれば確かに突飛過ぎる話だ。外見は綺麗な男だし、一目で興味をそそられたのも本当だが、あまりにも唐突すぎて、逆にからかわれているのかと思うのが普通だろう。だが、冰は至極真面目な顔付きで、
「――時間がないんだ」
ポツリとそう言っては、苦しげに表情を曇らせた。
「時間がねえって……どういうことだよ……。てめ、何かワケ有りなのか?」
だったらその理由を聞かなければ承諾も拒否もしようがない――氷川の表情からそんな内心を読み取ったわけか、冰という男は更に申し訳なさそうに苦笑してみせた。
「驚かせて済まない。実は俺……、もうすぐある企業の社長の愛人になるんだ……」
「……愛……人だと?」
「ああ……。俺の親父がやってる企業が倒産寸前に追い込まれてな……その関係で……」
「倒産?」
確かこの冰の家というのも、粟津帝斗のところと同じで財閥である。番格対決の際に出会って以来、冰に興味を持った氷川は、帰ってから少し彼について調べたので知っていたのだ。
雪吹財閥は、帝斗のところの粟津財閥よりは規模は小さいものの、ちょっと検索しただけですぐに情報が分かるくらいの家柄だった。実際、氷川の父親も彼の父親のことは知っていたくらいだ。父親が支社から戻った際に直接尋ねたから確かである。
「お前の家も粟津ん家と一緒で財閥だろうが。それがいきなり倒産って、何か事情があるってわけか?」氷川は真面目な調子でそう訊いた。
「……実は去年の暮れに親父が倒れて……今まだ入院中なんだ」
「……そんなに悪いのか?」
「ああ……。過労からくる原因不明の病だとかで……一時は集中治療室を出られなかったくらい……。今は快復に向かってはいるが、まだ安静にしてなきゃならなくてな。仕事に復帰できる見通しは立ってないんだ」
額を両の掌で押さえるようにしてうつむく姿が酷く切なげで、氷川もつられるように眉をひそめた。
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