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第154話
「てめえの考えは粗方分かった。けど、何でその相手が俺なんだ? てめえがさっき言った、”俺が野郎同士でも寝られるだろうから”ってのが一番大きな理由なんだろうけどよ……。けど、そんなヤツだったら――例えばゲイバーにでも行けば、他にいくらでも好みの男を見つけられるだろうが。それとも俺が不良で自由奔放にやってそうだから、頼めば簡単に乗ってくるだろうとか……そんなところか?」
その問いに、冰は驚いたようにして千切れんばかりに首を左右に振った。
「違う! それは……違う……。アンタがそんなふうな軽いヤツだなんて思っちゃいねえよ。ただ……」
「ただ――何だよ」
「さっきも言ったけど……アンタは俺に無いものを持ってる。確かに自由奔放で堂々としてて、自分の思った通りに嫌なことは嫌だってはっきり言えそうなところが羨ましいってのもあるけど……それだけじゃない……。ゲイバーとかで一時の相手をしてくれるヤツを探すってのも考えた。でもそれじゃ愛人になるのと変わらねえよ。俺は……もっと、何ていうか……その……」
言いづらそうに口籠もりながらも、薄らと頬を染めて視線をそらす。そんな様子に氷川は片眉を吊り上げながらも、クスッと苦笑を漏らしてみせた。
「つまりは何だ。てめえ、俺に惚れちまったってわけ?」
おどけて見せるも、その実、氷川も内心ではバクバクと心拍数が上がってしまいそうなのを必死で抑えていた。
この冰の態度からして、好意が全く無いというわけではないのだろうことが嬉しくもあり、だが、案外ぬか喜びだったとしたら、残念に思えてしまうだろうことが本能で分かるからである。
どうせならはっきりと告白でもしてくれれば分かりやすいものを――などと思いつつも、心躍るこの感覚は、この冰から僅かでも好意を抱いてもらえているのだろうことが嬉しいという気持ちの表れである。
正直なところ、遊びで付き合った相手は数多かれど、こんな気持ちになったのは初めてで、氷川は戸惑ってもいたのだった。――が、その直後の冰の返答で、その甘やかな考えは吹っ飛ばされてしまった。
「惚れたとか……そういうんじゃない……。アンタには惹かれるもんがあるのは否定しねえけど、好きとかそういうのとは違う。何て説明したらいいのか……上手く言えねえけど……」
氷川は鳩が豆鉄砲を食らったような表情で固まってしまった。
やはりぬか喜びだったわけか――一瞬でも、もしかしたら好意を持ってもらえているのかなどと思ったことが恨めしくもあり、恥ずかしくもある。
どう反応してよいやら、しばしは唖然としたまま動けずにいた。
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