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第157話

「どうせなら、お互いどういうヤツなのかってのを知って――ちったー好きとか嫌いとか、そういう気持ちを持ててから決めりゃいいだろが。寝る寝ないはそれからでも遅くねえ」  僅かにはみかみつつも、口角を上げてニッと微笑んでくる。その整った男らしい笑顔は、冰の心を一瞬で鷲掴みにしてしまったかのようだった。 「ほれ! ボサッとしてねえで――行くぜ!」  真っ白く綺麗に整った歯列を輝かせながら爽やかに笑う顔、差し出された大きな掌――高鳴る心拍数を抑えるように、冰は差し伸べられた氷川の手に自分の手を預けたのだった。 ◇    ◇    ◇ 「坊ちゃま方、お出掛けでございますか?」  部屋を出てペントハウスの廊下を歩き、粟津帝斗と一緒に乗ってきたエレベーターホールまで来ると、その脇に設えてあったベルデスクのような小部屋から先程の運転手が顔を出してそう訊いてきた。 「え、ああ、はい――」  氷川がそう答える脇では、冰が恥ずかしそうに氷川の大きな背に隠れるようにして頬を染めていた。未だ繋いだままだった手が恥ずかしかったのだろう、氷川はすぐにそれに気付くと、彼を自らの身体で庇うように隠しながらそっと手を放し、ニッコリと爽やかに応答してみせたのだった。 「すみません、ちょっと出掛けて来ます」 「お二人ご一緒にお出になられるのですか?」  運転手は氷川だけが帰るのを冰が見送りに付いて来たのかも知れないと思ったわけか、そう訊いてきたのだ。氷川は『そうです』と言って頷いた。 「では、只今お車を回します。お出掛けになられる際には付き添うようにと、帝斗坊ちゃまから言付かっておりますので」運転手はにこやかにお辞儀をしながらそう言った。 ◇    ◇    ◇ 「それで――どちらへ参りましょう」  運転手がそう訊いてくるので、氷川は後部座席で冰と肩を並べながら丁寧な調子で答えた。 「特に行く当てがあるというわけではないんですが……海を見たいと思っているんです」  氷川にしては珍しくも敬語である。傍では冰が少々驚いたようにして、そんな彼の横顔を見つめていた。 「海――でございますか?」 「ええ。とりあえず湘南方面へ向かっていただいてもいいですか? 海岸を散歩できそうな所があればいいと思っているので、現地に行ってから探せればと思います。お手数お掛けしてすみません」 「どこの海岸でもよろしいのでしょうか?」 「ええ」  運転手は少しの沈黙の後、すぐににっこりと微笑みながら一つの具体策を提案してよこした。 「それでは葉山は如何でしょう? 葉山には粟津家の別荘がございまして、プライベートビーチも眼下にございます。お散歩なされるには人目にも付きませんし、ごゆっくりしていただけるかと存じます」

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